31-3. 年成の部分的転換

 二年成の樹木では、しばしば年成のルールを無視して異常成長した幼果が見られます。図31-3-1は、アベマキの幼果が異常成長した例ですが、二年成の樹種でこのような幼果が出現する個体数が圧倒的に多く、なおかつ前年に開花した果実に迫る勢いでそれらが成長するのは、私が調べたところアベマキだけでした。

 セクション31-1で、私は二年成というブナ科の樹木がもつ性質のメリットを明らかにしましたが、このメリットは果実が少産化傾向にある現代においては不必要であることから、将来的に二年成は一年成へとシステム転換を図るのではないかと述べました。そして、その後の調査の結果、遂に二年成から一年成へと転換した果実を見つけ出すことに成功したのです。

 二年成から一年成に転換した果実が結実したのは、西神中央公園 [ 所在地 : 兵庫県神戸市 ] にある個体です。例年4月に咲く花の半数以上が異常成長しており、同じ県内にある摂津伊丹廃寺跡 [ 所在地 : 兵庫県伊丹市 ] の個体と共に、転換の先陣を切る可能性が高いと予想していたものです。

 図31-3-3は、一年成に転換した果実を採取した時の樹上の様子です。この個体は、通常開花した翌年の9月中旬頃に結実するので、ほとんどの果実は既に落下していましたが、樹上に残った少量の果実と比較した結果、10月上旬の時点で、一年成の果実は二年成のものとほぼ同じサイズにまで成長していました。また、殻斗の鱗片の変色状況から成熟時期を推定すると、通常の二年成の果実との結実に至るまでのタイムラグは、およそ一ヶ月程度と考えられます。

 図31-3-4は、一年成の果実が着いた枝を採取して、果実が着いた部分を向軸側と背軸側から撮影したものです。


 あらためて採取した枝を観察してみると、二年成の落葉樹には見られない普通葉が果軸の腋に見られることや、果軸のある枝に旧枝には見られない冬芽が立っていることから、この果実が一年成であることに疑いの余地がありません。念のために、殻斗から脱落した堅果の重量を測定しましたが、二年成の果実が4.5〜5.6gに対し、一年成は5.2gありましたので、年成の違いによる成長期間の長短は果実の成長に影響しないことも明らかになりました。

 この果実が本当に転換の始まりかどうかは、今後さらなる調査が必要ですが、少なくとも二年成は一年成と同程度の期間で結実できることが、この一件をもって立証できたのではないでしょうか。要するに、一年成と二年成の違いは、両者の物理的な構造(ハード)の差異によって生み出されたものではなく、年成を選択するスイッチの切り替え(ソフト)によって生み出されたものであると私は考えています。