31-2. 年成が転換する兆候

 セクション30-2で、私はブナ科の果実が少産化の傾向にあることを指摘しました。これは、ブナ科の樹木が誕生した頃に比べて1つの殻斗が包含する堅果が減数しているという事実と、ドングリを着ける果軸そのものが徐々に減数し、なおかつ短小化しているという私の観察結果を基に導きだした推論です。ところが、セクション31-1で述べた二年成というシステムは多産の象徴とも言えるものであり、冒頭で述べた果実の少産化と真逆の関係にあることは明らかです。

 太古の昔には年に繰り返し開花していたと思われるブナ科の樹木が、現代ではほとんどの個体で年に1度しか開花しなくなったのも、おそらく果実の少産化が進行したせいではないでしょうか。結果として、二年成というシステムは1年間に結実する果実の数量が一年成とほぼ同程度であるにも関わらず、開花から結実に至るまでの時間を延長したせいで、結実に対するリスクばかりが目立つ不良システムになり果ててしまったのです。そんな訳で、現在のところ二年成は一年成に近い中途半端なシステムで果実の生産を継続していますが、あくまでこれはあるべき姿に着地するまでの過渡期のようなものであり、最終的にはシステムを再編成して、シンプルな一年成へと転換を遂げるものと私は推測します。


 転換に関してその兆候となる具体的な観察データを示す前に、実際に二年成から一年成への転換が原理的に可能かどうか簡単に考察します。一般に、ブナ目の樹木は子房の構造が未熟なので、受粉から受精に至るまでに数ヶ月〜1年もの長い期間を要すると言われています。もしもこれが正しければ転換は不可能ということになりますが、私は子房の構造が未熟であるという理由で、受精に半年以上もの期間を要するという考えは間違っていると思います。
 なぜなら、セクション31-1で紹介した11月頃に咲いたマテバシイの花でも、その年の5月頃に咲いた花とほぼ同時期(翌年の9月頃)に結実した姿をこれまでに幾度となく目撃してきたからです。仮に、構造的なもので受精までの期間が律速されているのであれば、このような現象は頻繁に起こり得ないでしょう。

 ということで、少なくともブナ科の樹木における子房の構造に起因した受精に要する期間はせいぜい2〜3ヶ月程度であり、現実に半年以上の長期間を要しているのは、二年成というシステム
を維持するために、種として受精に至るまでの期間を制限しているからではないでしょうか。以上の点から、年成の転換は原理的に不可能ではないと判断します。

 では、具体的に年成の転換という発想の基になった観察データを紹介します。図31-2-2は、ウラジロガシ [ コナラ属 ] 、スダジイ [ シイ属 ] 、マテバシイ [ マテバシイ属 ] において幼果が異常成長した様子を現わしたものです。これら3種以外の樹種にも幼果の異常成長は認められますが、重要なのは国産のブナ科の樹木で二年成のシステムを有する全ての属において、通常の成長過程を大きく逸脱した幼果の存在が認められることです。

 ただ、このような幼果が樹上に僅かばかり存在するだけなら、年成の転換という発想には至りませんでしたが、コナラ属のアベマキの中には、単に幼果が突発的に異常成長しているという解釈ではすまされない、正に転換の兆候とも言える事象が伺えるのです。

 それを示す事象の一つは、アベマキの特定の個体の中で異常成長した幼果がかなりの割合を占めていることです。異常成長した幼果が数個〜20個程度見られる個体であれば、これまで頻繁に目撃してきましたが、個体全体の1〜2割程度の幼果が異常成長したケースを20体以上、さらに全体の半数以上の幼果が異常成長したケースを2体で確認しています(図31-2-3参照)。これだけ大量の幼果が変調しているという事実は、もはや突発的な異常として片づけられるレベルではないでしょう。

 そしてもう一つは、異常成長した幼果の中に、あと一月半もすれば成熟体と同じサイズにまで成長したと思われるものが存在することです(図31-2-4参照)。この図の4月に開花した幼果は、この個体における果実の成長過程(図31-2-5参照)を参考にすると、撮影した時点で成熟体とのタイムラグが1〜1.5ヶ月程度のサイズにまで肉迫していることが判ります。
 残念ながら、この幼果はこの状態をピークに枯死してしまいましたが、一般にアベマキは9月初旬〜10月下旬頃にかけて結実するので、時期的な問題でこの幼果が結実できなかったわけではないと考えています。

 
 現時点で観察データは以上です。これらをご覧になれば、年成が転換するという発想が強ち荒唐無稽なものではないと感じていただけたのではないでしょうか。ただ、これらはあくまで転換の兆候を示すデータですから、具体的に転換した物的証拠(二年成が一年成で結実した事例)を求めて、これからも探索を続けていく所存です。