31-1. 二年成のメリット

 二年成の樹木は、開花してから幼果の形態がほとんど変化しない休眠期間を除けば、実質一年成のものとほぼ同じ期間でドングリを結実します。にも関わらず、結実するまでに一年成の倍以上の期間を要することによって、悪天候や昆虫による食害といった外乱の影響を受けやすい二年成というシステムが存在する意義が、私には全く理解できませんでした。
 ところが、数年前に山田池公園 [ 所在地 : 大阪府枚方市 ] である光景を目にした時、それまでモヤモヤしていたこのシステムがもつメリットをはっきりと理解することができたのです。その光景とは、前年の春と秋に2回以上開花したマテバシイが、樹上にたくさんのドングリを結実した様子でした(図31-1-1参照)。

 ドングリの生る樹の中には、現在でも年に複数回開花する個体が存在しますが、ほとんどの樹種では通常の花期以外に咲いた花が結実することはまずありません(**)。それは、季節外れに開花する個体数そのものが少ないせいで、これらの個体が他家受粉ではなく、結実しにくい自家受粉を余儀なくされるからではないかと思われます。

 ところが、マテバシイだけは例外的に、通常の花期以外に咲いた花でも結実する姿をよく見かけます。とりわけ、春と秋に開花したものがほぼ同時期に同じぐらい結実した姿は圧巻で、樹上のあちこちにドングリの塊が現出します(図31-1-2参照)。マテバシイがこのような様相を呈するのは、他の樹種に比べて季節外れに開花する個体数が多く、なおかつそれらが特定のエリアに集結しているケースがしばしば見られることから、個体間での活性な花粉の授受が可能だからではないかと思われます。
** 季節外れの開花については、セクション22を参照願います。

 要するに、年に1回しか開花しない現代におけるブナ科の樹木の生態を基準に考えると、二年成には何のメリットも見出すことができませんが、年に複数回開花することを前提とすれば、 一年成よりも二年成の方が 結実量を増やせる という優れたメリットがあるのです。この前提は、現在でもブナ科の多くの種類の樹木で季節外れに開花する個体が存在することを考えれば、二年成が誕生した太古の昔には、これが一般的な生態であったことが容易に想像できます。

 さらに、二年成にはもう一つメリットがあります。そのメリットを端的に表わしたのが図31-1-4です。この図は、5月と10月以降に咲いた花が結実したマテバシイの樹上の様子を撮影したものですが、5月に咲いた花が全て不稔で、10月以降に咲いた花だけが結実しています。5月に咲いた花が全て不稔の場合、年に一度しか開花しない普通の個体であれば、翌年の結実量はゼロになりますが、この個体のように10月以降に咲いた花がそれを補償することで結実量がゼロになるのを回避することができます。

 通常、春に咲いた花だけが結実して、秋以降に咲いた花が不稔というケースが圧倒的に多いので、年に2回以上開花した個体でも、1回しか開花しなかった普通の個体に比べて、樹上の結実状況に顕著な違いは認められません。ですから、もう1つのメリットがあることになかなか気がつかないかもしれませんが、花期のチャンスが年に1回しかない一年成に比べて、複数回あることを前提にした二年成は、
結実の確度を高められる のです。これは結実量を増やせることと同義かもしれませんが、二年成のもう1つの特筆すべきメリットとしてここに挙げておきます。


(補記)
 ドングリは、ブナ科の樹木がその植生域を拡大するのに必要なアイテムです。そして、その輸送を媒介するのが、ネズミやリス、カケスといった捕食動物たちです。ドングリが少量しか結実しないと、それらのほとんどが捕食動物の餌になってしまうため、ドングリは植生域を拡大するという使命を果たすことができません。ですから、捕食動物が食べ尽くせないぐらいのたくさんのドングリを一時に結実することは、ブナ科の樹木にとって非常に重要な事なのです。

 一年成というシステムは、可能な限りたくさんの花を咲かせることで一時に大量のドングリを結実しますが、二年成は年に複数回咲いた花の結実を翌年に合算することで、一年成と同等か、あるいはそれ以上のドングリを結実することができるのです。さらに、複数回の開花を利用することにより、特定の時期の開花(受粉)が思わしくなくても、他の時期に開花したものがそれを補うことによって、毎年最低限の結実を保証する効果も兼ね備えているのです。