B. ブナ科の仮定的な祖型について
 Formanは殻斗が堅果を分離して包含する形態から、統合して包含する形態に進化の系統図を描くために、ブナ科の祖型の殻斗を、雌花序(殻斗の元になる器官に咲いた1つの雌花)が集結したものを仮定していますが、私はこの考え方に賛同できません。理由は、@とAでFormanの系統図における問題点を指摘した通りですが、結果としてドングリの祖型はカクミガシ属に類似した形態とするのが妥当であると私が考えています。

 祖型が包含する堅果の形態については、Formanが想定したブナの堅果と似たような3つの陵をもつものという考えに異論はありません。そう考える根拠は、現存するドングリの中でブナとは全く形が異なるコナラ属やマテバシイ属でも、殻斗が複数の堅果をまとめて包含したドングリでは、堅果が3つの陵の角がとれたような形をしているからです。
 参考までに、図25-3-1にコナラ属の多果ドングリ(堅果統合型殻斗)、そして図25-3-2にマテバシイ属では大変珍しい殻斗の1つの開口部に2個の堅果を包含したドングリの例を示します。

 
 次に、Formanの系統図には描かれていませんが、祖型を含む各属種における堅果数のバラツキについて私見を述べます。Formanの系統図は、祖型の殻斗が包含する堅果数を3個として、その数が退化減数する様子を表していますが、実際のドングリの堅果数は必ずしも3個ではなく、時間軸のどの段階でもあるバラツキをもって存在していたと考えられます。

 最も祖型に近いと考えられるカクミガシ属のドングリは、典型的なものは3個で、多いものは7個の堅果を包含します。また、現存するコナラ属、ブナ属、シイ属、マテバシイ属、クリ属ではいずれも6〜7個の堅果を包含したドングリ(主に幼果)を確認しています(図25-3-3、図25-3-4参照)。

 このように、ほとんどの種属で最大果数が6〜7個のものを確認しているので、それらが祖型やカクミガシ属から分化した初期の頃には、いずれの種属でも現在では考えられないぐらい多数の堅果を包含したドングリが数多く存在したのではないかと私は考えています。

 ただ、果数の大きなドングリほどその個体に結実したドングリ全体に占める割合が少ないのは今も昔も変わらなかったのではないでしょうか。その根拠となるのが図25-3-5のデータです。このグラフは、現在でも多果を大量に発現するシラカシの個体で、1年間に採集した花、幼果、果実の数量を果数に対して表したものです。これを見ると、3果を頂点として、そこから果数が増加するにつれてほぼ指数関数的に数量が減少しているのが判ります。おそらく、単果や2果の数量が少なかった太古の昔には、このデータよりも4〜6果の数量がはるかに多かったのではないかと推測しています。