A. トゲガシ属の取扱いについて
 Formanがマテバシイ属のドングリを雌花序(殻斗の元になる器官に咲いた1つの雌花)が集結したものとした点については、もう一つ大きな理由があったと考えられます。

 トゲガシ属は、1つの殻斗が1〜3個の堅果を包含しますが、隣接する堅果の間には殻斗の仕切りがあります。これは他の種属の典型的なドングリには見られない特異な形態です。Formanの系統図の上流にある、殻斗が堅果を完全に分離した構造(仮定的な祖型)から堅果を統合した構造(カクミガシ属)に進化する系統図を描くのに、その中間的な構造のトゲガシ属の存在が正に打ってつけだったんでしょう。

 ただ、多果について詳しく調査してきた私としては、Formanのトゲガシ属の解釈には残念ながら賛同できません。それは、現存するコナラ属の多果には、堅果を統合して包含するタイプ(堅果統合型殻斗)と分離して包含するタイプ(堅果分離型殻斗)が併存することからも明らかです。では、殻斗の内側にある堅果を分離する仕切りは、どのようにして形成されるのでしょうか。

 開花して間もないシラカシの多果の幼果を高さ方向に切断してその断面構造を見ると、隣接する雌花同士の間隔が異なるものが混在しているのが判ります(図25-2-1参照)。私は、この雌花同士の間隔こそが、仕切りの発生に大きく関与していると考えています。

 図25-2-2に、シラカシの2果の殻斗の内側に仕切りが無いもの(堅果統合型殻斗)、仕切りの大きさが異なるもの、そして殻斗によって2個の堅果が完全に分離されたもの(堅果分離型殻斗)を順に並べます。これらの形態の違いは、左側にいくほど2つの雌花の間の距離が短くなり、右側にいくほど長くなることによるものと考えています。
 この図の中で右端から2番目にある仕切りの形態が、ちょうどトゲガシ属のものに合致するのではないでしょうか。因みに、2個の雌花の間の距離が限りなくゼロに近づくと、2つの雌花の雌蕊が一つの花被/花床によって統合されるので、左端のような2個の堅果が一体化したドングリが誕生します。

 以上のデータから、殻斗の内側にある仕切りは進化とは無関係であり、殻斗が堅果を分離した構造から統合した構造に進化するというFormanの仮説は妥当ではないと私は考えています。