@. マテバシイ属の取扱いについて
 マテバシイ属のドングリは、複数の殻斗が合着したような特異な形をしています。マテバシイ属のドングリでも、1つの殻斗が1個の堅果を包含したものについてはコナラ属とそっくりですが、1つの殻斗が複数の堅果を包含したものは、たぶん誰が見ても複数の殻斗が合着したドングリとしか思えないでしょう。

 実際、果軸に結実したドングリについてマテバシイ(マテバシイ属)とシラカシ(コナラ属)を比較してみると、両者は全く別物に見えます(図25-1-1 左図参照)。
 ところが、コナラ属でも太古の形質を現在に残した多果で構成された果軸と比較すると、両者の印象は全く違ったものになります。シラカシはコナラ属の中でも特異な存在で、他のコナラ属の樹種とは比べものにならないぐらい多果の発現率が高く、個体によっては数万個もの多果を発現するものがあります。

 図25-1-1の右側は、多果を大量に発現したシラカシの個体から採取した果軸ですが、これを典型的なマテバシイのもの(中央)と比べてみると、果軸と幼果の基本的な形態がそっくりであることが判ります。

 また、一般のコナラ属ではあまり見られないマテバシイ属の果軸の特徴として、雌花軸の先端付近に見られる雄花の存在が挙げられますが、これについても多果を大量に発現するシラカシの個体では、ごく普通に目にすることができます(図25-1-2参照)。

 さらに、果軸と幼果が接合している部分に着目すると、マテバシイでは複数の殻斗が集結して合着していると考えられているにも関わらず、単体の殻斗と3つの殻斗が合着したように見えるものとで、接合部分の面積がほとんど変わりません。この点も、シラカシの果軸における単果と3果の接合面積がほとんど変わらないのと全く同じ状況です(図25-1-3参照)。

 他にも、マテバシイ属の花軸(果軸)と雌花序の関係がコナラ属と同じであることを示すデータがあります。図25-1-4は典型的なマテバシイの花軸(果軸)ですが、雌花のサイズが花軸の位置によらずほぼ同じであるにも関わらず、先端に近づくほど雌花序(雌花+殻斗の元になる器官)のサイズが急激に小さくなっています。
 これについては、先端に近づくほど花軸(果軸)が細くなるから、殻斗の元になる器官も小さくなって当然なのかもしれませんが、実際には花軸(果軸)の先端だけでなく中間付近にある雌花序でも、雌花のサイズが同じなのに大きさが極端に異なるものがしばしば見られるのです(図25-1-5参照)。

 
 マテバシイ属の花を雌花序の集合体とすると、雌花のサイズと同様に花軸のどこでも雌花序のサイズは変わらないはずですから、実態と整合がとれていないことになりますが、マテバシイ属もコナラ属と同様に、花軸にある不定形な殻斗の元になる器官に1つ乃至複数の花が咲いたものを雌花序とするならば、このような矛盾は生じません。

 最後に、成熟したドングリの形態を比較してみましょう(図25-1-6参照)。マテバシイのドングリは、殻斗が一つ一つの堅果を分離して包含した形態が一般的です。一方、シラカシの多果は複数の堅果を統合して包含するタイプ(堅果統合型殻斗)と、一つ一つを分離して包含するタイプ(堅果分離型殻斗)があります。因みに、マテバシイでも極めて稀に、殻斗の1つの開口部に複数の堅果を包含したものが存在します(*)

 コナラ属の多果を目にしたことが無ければ、マテバシイ属とコナラ属の典型的なドングリはまったくの別物と考えるのが普通ですが、図25-1-6の右側にあるシラカシの多果(堅果分離型殻斗)を見れば、両者の形態が基本的に同じであることは敢えて説明するまでもないでしょう。

 現存するマテバシイ属とコナラ属の殻斗は、見た目が大きく異なりますが、コナラ属が遠い過去に放棄した果軸の形態(多果が中心の果軸)を、マテバシイ属が今もそのまま受け継いでいると考えれば、両者における見た目の違和感は払拭されるのではないでしょうか。
* セクション3-1-2のマテバシイの項を参照願います。

 以上のデータから、典型的なマテバシイ属の殻斗とコナラ属の多果の殻斗は基本的に同じものであって、いずれも花軸にある殻斗の元になる器官に1つ乃至複数の雌花が咲き、各々の雌花(堅果)の形態に応じてそれらを包含するようにフレキシブルに殻斗が姿形を変化させた結果、あたかも複数の殻斗が合着したように見えているだけだと私は考えています(**)

** コナラ属では、殻斗の元になる器官が雌花から独立して存在することは実証済です。セクション26を参照願います。

(追記)
 その後、マテバシイの花軸で2つの雌花序が合着したものがいくつか見つかりました。それらの成長過程をトレースした結果、異なる雌花序の近接した雌花同士が合着したもの(図25-1-8参照)については、両者の殻斗が合着する場合があること、そして異なる雌花序の近接した雌花同士に目視で確認できる間隙があるもの(図25-1-9参照)については、両者の殻斗が合着しない場合があることが判りました。

 
 この観察結果が、マテバシイ属の花に対する一般的な解釈と整合がとれていないことは、あらためて説明するまでもないでしょう。なぜなら、マテバシイ属の花は近接した雌花同士が合着せずに分散(間隙がある)したものが一般的ですから、ほとんどの殻斗は合着したように見えないはずなのに、現実の殻斗は悉く合着したように見えるものばかりだからです。
 コナラ属と同様に、マテバシイ属の雌花序が、花軸にある殻斗の元になる器官に1つ乃至複数の雌花が咲いたものであることを示すデータをこのセクションで紹介してきましたが、この観察結果はそれらの中でも決定的な証拠になるものと考えています。