1. 成長過程で退化消滅する雌花(幼堅果)

 セクション3-2-1で、
変形ドングリ “変形くん” は広義の多果ドングリであり、成長過程の早期段階において、多果を構成する複数の雌花(幼堅果)が、1つを除いて退化消滅した結果生じたものであると定義しました。
 ここでは、この定義の中の多果が成長する過程で雌花(幼堅果)が退化消滅する現象が実際に起こり得ることを示すデータを紹介します。

 この現象を実証するのに一役かったのは、紐状殻斗をもつシラカシのドングリでした。紐状殻斗というのは、その名のとおり紐のように細長い殻斗のことで、シラカシの殻斗にくっついた姿を稀に目にします(図3-C-1-1参照)。多果に興味をもち始めた頃から、この紐状殻斗は殻斗本体が包含する堅果の他に、別の堅果を包含する目的で形成されたものではないかと考えてきました。

 そして、長い間調査を続けてきた結果、ついに紐状殻斗の先端から小さな棘のようなものが突出したドングリが見つかったのです(図3-C-1-2参照)。実体顕微鏡を使ってこのドングリの紐状殻斗の先端部分を拡大してみると、それは紛れもなく小さな堅果の首から伸びた花柱でした。これでようやく、
紐状殻斗は堅果を包含する為に形成された殻斗であり、紐状殻斗をもつドングリが広義の多果であることが証明できたのです。

 ところが、この発見は紐状殻斗の素性を明らかにしただけでなく、想定外の副産物をもたらしてくれました。図3-C-1-3のように、堅果を包含しない紐状殻斗と、堅果を包含した紐状殻斗を比べることで初めて気づいたのですが、この比較図こそが多果の成長過程で雌花(幼堅果)が退化消滅する現象を端的に示すデータだったのです。他の方法でこの現象を実証できるか検討してきましたが、残念ながらこれ以外にうまい方法は見つかりませんでした。