3-2-1. 変形ドングリ “ 変形くん ” の謎にせまる 

 ここでは、ドングリが図3-2-Aのように変形する要因を明らかにするとともに、 “変形くん” が生まれる具体的なメカニズムを提示します。

 まずは、外的要因について検証してみます。外的要因としては、ドングリの成長過程において鳥獣や昆虫によって外部から損傷を受けることを想定しています。 “変形くん” を見ると、確かに堅果の変形の起点となる部分の殻斗に亀裂が入っており、そこから露出した堅果に欠損が生じているものがあります(図3-2-1-1参照)。ところがその反面、殻斗に多少の歪はあるものの亀裂はなく、殻斗から露出した堅果に目立ったキズがないものもあります(図3-2-1-2参照)。

 このように、個体間で外損状況が異なることから、物理的な損傷によってドングリが変形しているとは思えません。また、その他の外的要因として、ドングリの木に特有の病気等がありますが、通常1つの個体に発生する “変形くん” の数量はごく僅かであり、周囲の個体との相関も認められないことから、病気については無視してもいいでしょう。これらの点から、外的要因によって “変形くん” が生まれる可能性は低いと考えます。

 
  次に、内的要因について検証してみます。 “変形くん” の誕生が内的要因、即ちドングリそのものにあるとするならば、 “変形くん” の外観上の共通点を調べることで、解明の糸口が掴めるかもしれません。そこで、 様々な樹種の “変形くん” の堅果について外観を詳しく調査してみました。すると、以下の3つの共通点があるのが判りました。


  
・ へその一端(稀に複数端も有)とその周辺部に陥没、もしくは激しい凹凸がある
  ・ 上記の陥没部分から首にかけて果皮にケロイド状の変質がある
  ・ 上記の陥没部分に向かって堅果が弓形に曲がる
 “ 変形くん ” の堅果に見られるこれらの共通点から、私はふとあることに気づきました。これらの特徴が、あるドングリの特徴に酷似していたからです。セクション3-1-1をご覧になられた方は既にお気づきかもしれませんが、これらは正に多果ドングリを構成する堅果に見られる特徴そのものです。
 同様に、 “変形くん” の殻斗についても共通点を調べてみました。殻斗と堅果との対応関係を明確にする為、殻斗がついた状態のアベマキの “変形くん” から殻斗を取り外したところを図3-2-1-3に示します。

 普通、成熟した堅果であれば、殻斗から容易に取り外すことが出来ますが、 “変形くん”の場合は殻斗にしっかりと固着したものがほとんどで、取り外すのに少しばかり力を要しました。取り外した後で殻斗の内側を見ると、へその一端と重なる箇所に、堅果の一部が癒着していた痕跡がはっきりと認められました。さらに、癒着していた部分の殻斗の断面を見ると、殻斗の内壁から内部に向かって深く変質した層(殻斗の外側には達していない)が拡がっているのが判りました。これらの状況から推察すると、ドングリがまだ幼果の段階で、既にこのような変質層が殻斗に存在したものと考えられます。
 “変形くん” の殻斗の構造を観察していて私が一番気になったのは、癒着の痕跡が必ずへその一端と重なる部分に存在するということです。 “変形くん” に見られる多果ドングリとの共通点が頭から離れない私は、もしかすると形は全然違うけれども、癒着の痕跡は別の堅果のへそに相当する部分ではないかと思えてきました。

 ここで、ドングリにおけるへその役割について確認してみましょう。未熟な堅果は、殻斗の内側と維管束で繋がっており、最終的にへそになるところを通して、水分や栄養分を吸収しながら成長します。殻斗は、堅果が成熟して栄養分を送る必要が無くなると、維管束を遮断して堅果との間に離層(図3-2-1-3の殻斗内側にある黄色っぽい部分)を形成します。この時、殻斗の内側には堅果の数に応じた離層の痕跡が残ります。すなわち、離層の痕跡というのは堅果が成熟した証ということになります。ですから、もしも何らかの原因で殻斗の内側で成長せずに消滅した堅果があったとすれば、それは図3-2-1-3の様に堅果と殻斗が癒着したような痕跡を残すのではないでしょうか。

 ここまで変形ドングリ “変形くん” の堅果と殻斗の構造を調べた結果、私は “変形くん” が多果ドングリの一種であるという結論に達しました。以下に “変形くん” の発生のメカニズムをまとめますが、話を判りやすくする為に、“変形くん” と2果のドングリの関係を例に挙げて解説します。

 通常、殻斗の元になる器官に咲いた1つの雌花が結実すると、1つの殻斗の中に1個の堅果をもった単果のドングリが生まれます。一方、殻斗の元になる器官に2つの雌花が咲いて、共に結実すると2果のドングリが生まれます。別の言い方をすると、我々が目にする2果のドングリは、2果として発現して、2個ともが無事に結実した結果として存在するということです。

 ところが、同じように2果として発現したにも関わらず、何らかの原因で一方の堅果が成長過程の早期に退化消滅してしまった状態を想像してみて下さい。その場合、消滅した堅果は殻斗やもう一方の堅果に何らかの痕跡を残しますが、最終的に成熟したものは単果のドングリということになりますよね。実は、これが “変形くん” の正体なのです。2果として発現したことで、2個の堅果は互いに物理的なストレスを感じながら成長しますが、そのストレスの痕跡こそ成長した一方の堅果に見られる果皮の変質や弓形の歪みなのです。

 ここまでは私の推測ですが、この考えを支持する確かな証拠が図3-2-1-4にあるウバメガシの2果のドングリです。2果のドングリと言っても一方の堅果はとても小さく、殻斗の内側に僅かにその痕跡を残す程度の代物です。これを見ると、大きな方の堅果(堅果1)の形態は変形くんと瓜二つであることが判ります。また、小さな方の堅果(堅果2)が位置する殻斗に入った亀裂や、2つの堅果の離層の痕跡が繋がっていること、そして堅果2が未熟なせいか離層がうまく形成されずに殻斗に癒着していること等、この2果のドングリから堅果2の存在を排除すれば、堅果1が “変形くん” そのものであることはあらためて説明するまでもないでしょう。

 そんなわけで、変形ドングリ “変形くん” は実は広義の多果ドングリ(不完全な多果ドングリ)であり、成長過程の早期段階において、多果を構成する複数の雌花(もしくは幼堅果)が1つを除いて退化消滅(*)した結果生じたものということになります。
 * 多果を構成する雌花が成長過程で退化消滅する現象については、セクション3-2-4を参照願います

 変形ドングリ “変形くん” が多果ドングリの1種であるならば、以前から気掛かりであったもうひとつの疑問にも答えが見つかるかもしれません。その疑問というのは、コナラ属では1つの殻斗の元になる器官にどれぐらいの雌花が発現するのかということです。

 これまで、たくさんの多果を採集してきましたが、多くても3果までで、4果以上にお目にかかったことはありません。果たして、4果以上の発現は自然界で実際に起こりうるものなのか、私にとって大きな謎でした。
 ところが、“変形くん” が多果ドングリの一種であることが明らかになったので、この謎を間接的に解明できることに気づいたのです。なぜなら、4果以上の多果を見つけることが出来なくても、“変形くん” の中に4果以上の痕跡を見つけることが出来れば、それが答えになるからです。

 
 2007年の秋に、ようやくその謎を解明する機会を得ることができました。偶然にも採集したアベマキのドングリの中に、4果(図3-2-1-5参照)と6果(図3-2-1-6参照)の痕跡をもつ “変形くん” が見つかったのです。最大の果数については不明ですが、コナラ属でも6果の発現があることを間接的に示すことができました。その後、さらに調査を続けていく過程で、2011年の夏、遂に1つの殻斗が6つの堅果を包含したシラカシの幼果を見つけました(図3-2-1-7参照)。これで、殻斗の内側に残る癒着の痕跡が失われた堅果の痕跡を表していることは、紛れもない事実だと私は確信しています
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** コナラ属の4〜6果の発現については、セクション15を参照願います。