16-5. 成熟時期の遅延

 図16-5-1は、三田屋本店 [ 所在地 : 兵庫県三田市 ] の庭園内に植栽されている3体のアラカシから採集したものです。これらのドングリは、いづれも12月下旬〜1月上旬にかけて成熟します。毎年、ここでドングリを観察していますが、これらに共通して言えることは、昆虫による産卵孔が皆無であるということです。勿論、ここにあるアラカシのドングリだけでなく、この時期に成熟するものには、他の場所にあるアラカシでも全く産卵されていないケースが多々あります。

 当初、これらのアラカシのドングリに産卵孔がない理由として、種子を食べて成長した幼虫が寒さの厳しいこの時期にドングリから出てこなくてすむように、成熟時期が遅いドングリに産卵するのを昆虫が故意に避けているのだと考えていました。
 ところが、同園に植栽されている他の個体で、成熟時期がほぼ同じであるにも関わらず、落下したドングリの多くに産卵孔が有るものが幾つか見つかったのです(図16-5-2参照)。

 産卵されないドングリ(図16-5-1)と産卵されやすいドングリ(図16-5-2)を比較すると、明らかに後者の方が堅果のサイズが大きいことが判ります。但し、前者は標準的なサイズと比較して、特に小さいというわけではありません。ですから、これらのドングリが産卵されにくいのは、セクション16-4で説明した “ 果実の矮小化 ” とは異なる要因が関与していると思われます。

 そこで、その理由を探る為に、これら6つのドングリについて伸長が著しい時期(8月下旬〜11月上旬)の生育状態を調べてみました(図16-5-3参照)。この図の縦軸は殻斗の直径(図中:幅と表記)、そして横軸は殻斗の付根から花柱の先端部までの長さ(図中:高さと表記)を表しています。また、図中の丸印は各々のドングリの寸法を表しており、図16-5-1と図16-5-2にあるドングリの写真の右肩にある丸印の色に対応しています。

 
 この図から、昆虫に産卵されやすいドングリ(図16-5-2のドングリ)ついては、昆虫の産卵期間に該当する8月下旬〜10月上旬の時点で、既に彼らが産卵の対象として十分に興味を示すぐらいまで幼果が成長していることが判ります。それに比べて、産卵されないのドングリ(図16-5-1のドングリ)は、同時期には取るに足りないぐらいのサイズであることから、同じ庭園内に両者が混在していれば、昆虫は迷うことなく前者を “ ゆりかご ” として選択すると思います。

 このように、成熟時期を遅らせることで、昆虫達が産卵する期間中を矮小な姿で過ごすことも、ドングリが考え出した妨害対策の一つと考えていいのではないでしょうか。