16-1. 殻斗の厚膜化/堅果被覆率の増加

 堅果は、殻斗との接続部分(成熟してへそになる部分)を起点として成長します。ですから、成長途中の堅果を見ると、へその周囲の果皮ほど柔らかくて、花柱に近づくほど硬くなっています。ドングリに産卵するシギゾウムシの様な昆虫は、この事を熟知しているようで、ほとんどの場合、この柔らかい部分を狙ってその長い口吻(〜8mm)で孔を穿ち、種子の内部に産卵します。
 
 昆虫による産卵を防ぐには、ドングリ自身がこの部分の武装を強化するのが最も効果的です。武装を強化すると言うのは、例えば、戦車が敵方の砲弾で損傷するのを防ぐ目的で、全体を厚い装甲板で覆うのと同じで、ドングリの場合には、堅果を被覆している殻斗を厚くしてやるのが、最も効果的でしょう。
 但し、昆虫のもつ長い口吻に対抗出来る程度に殻斗を厚くすることが出来るのは、ドングリの種類の中でも、クヌギやアベマキの様な太くて長い鱗片をもつものに限られています。これらのドングリの中には、鱗片を幾重にも厚く積み重ねたり、堅果の表面全体を覆い尽くすような構造をもつ殻斗が、実際に数多く存在します。以下に、そのような例を幾つかご紹介します。

 まず、一般的なクヌギやアベマキの殻斗の断面構造を図16-1-2に示します。(a)や(b)の殻斗は、へその周りの果皮を覆っている殻斗の肉厚が、僅か3〜4mmしかありません。ですから、この様な構造では昆虫による産卵を回避することは出来ません。
 一方、(c)の殻斗については、その部分がやや厚く(5mm程度)、殻斗の裾から伸びる鱗片が堅果の胴回りを一部覆うような構造をしていることから、(a)や(b)のものに比べると、多少は妨害効果があるのかもしれません。

 次に、一般的なものよりも、格段に優れた妨害効果をもつ殻斗を図16-1-3に示します。へその周りの果皮を覆っている殻斗の肉厚が7mmもあるので、殻斗の上から口吻を刺し込んでも、その先端を堅果まで到達させることは出来ません。さらに、殻斗の裾から伸びる長い鱗片が、花柱周辺の一部を除いて堅果の表面を覆い尽くしているので、既に果皮の硬化が進行している堅果の胴回り部分にすら、口吻を刺し込むのはかなり難しいでしょう。

 図16-1-3の殻斗でも、妨害効果は極めて高いのですが、殻斗を構成するパーツをより強化して、虫害に対する完璧な武装構造を創り出したのが、図16-1-4の殻斗です。
 堅果全体が殻斗の内側に収納されており、大部分が10mm前後の厚みがある鱗片で覆われており、殻斗の重量だけでも優に30gはあります。これまで、このドングリを何年間にも亘って採集し続けてきましたが、産卵された形跡は全くありません
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(*) このドングリの詳細については、セクション3-3-1を参照願います。

(補記)
 余談になりますが、堅果全体が殻斗の中に収納されていて、なおかつその表面が無数の長い棘で覆われているクリは、一見すると、妨害効果が非常に高いように思われます。しかしながら、実際にクリを採集して堅果の表面を見てみると、へそと果皮の境目付近に、口吻を刺し込まれた跡がたくさん見られます。

 クリの殻斗から突出している棘は、その付根部分から複数に分岐しているので、殻斗の表面は疎らに障害物(棘)が屹立した平面としか、昆虫のミクロな視点には映らないはずです(図16-1-5参照)。さらに、へその周辺の殻斗は極めて薄く、僅かに2〜3mm程度しかありません。ですから、クリの場合は、たとえ堅果全体を棘の有る殻斗で覆い尽くしていても、産卵に対する防護壁としては、十分に機能していないと考えられます。

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