9. ドングリに潜む奇妙な虫

 セクション9−1や9-3で、クヌギやアラカシの堅果に形成された虫瘤ついて紹介しました。その中で、ドングリの堅果に寄生する虫が、少なくとも2種類存在することを明らかにしましたが、新たにウバメガシの堅果から違う種類のものが見つかりました。今回は、先に報告(セクション8:雑記40参照)した時点から、幾つかの新しい知見が得られましたので、ここでまとめて報告します。
 ウバメガシの虫瘤を追加採取する為に、京阪神でもこの樹がたくさん植栽されている服部緑地公園(大阪府豊中市)、昆陽池公園(兵庫県伊丹市)、荒山公園(大阪府堺市)の3箇所を探索し、出来る限りたくさんの堅果を集めました。
 前回、虫瘤のあったウバメガシの3つの堅果には、果皮の表面に局部的な膨らみ(図9-4-1参照)があったことから、これを目印にして類似するものを探してみたのですが、その数は極めて少ないことが判りました。

 そこで、最終的に前記のような特徴をもたない堅果も含めて、複数の樹木を対象に、1本当たり20個前後、総計972個の堅果を採集しました。複数の樹木から集めた理由は、特定の樹木から採取した堅果に虫瘤が集中していたクヌギやアラカシの例を考慮して、ウバメガシについてもなるべく多くの樹木を対象とした方が、虫瘤のある堅果に当たる可能性が高いと考えたからです。


 まず初めに、ウバメガシの堅果における虫の寄生状況について説明します。採集した堅果について虫瘤の有無を確認した結果、1000個近い堅果の中で虫瘤が入っていたのは僅かに23個でした。その内、果皮の表面に局部的な膨らみのあるもの(総数18個)で虫瘤が入っていたのは15個で、残りの8個は膨らみのない堅果の中に入っていました。また、樹木の個体別に見ると、クヌギやアラカシのように、特定の樹木に虫瘤のある堅果が集中するという傾向は見られず、最多でも1本の樹から2個の堅果でしか虫瘤は採取出来ませんでした。
 次に、虫瘤の形態上の特徴について説明します。ウバメガシの堅果にある虫瘤は、虫室の大きさという点からみると、クヌギのものとよく似ていますが、後者では、1つの堅果の中に8〜20個もの虫室が相互に癒着した状態で存在していたのに対し、前者では採取した何れの堅果にも1〜3個の虫室しか入っていませんでした(*)(図9-4-2〜図9-4-4参照)。
* ウバメガシに形成された虫瘤の数が、クヌギやアラカシのものに比べて極端に少ないのは、タマバチの生息域の違いによる個体差が影響している可能性があります。詳細は、雑記183を参照願います。

 最後に、虫瘤の中にいる幼虫の形態について説明します(図9-4-6〜図9-4-8参照)。これまで見てきたクヌギやアラカシの幼虫については、両者の間で体色やサイズに違いはあるものの、外形は非常に良く似ていました。しかしながら、今回新たに発見したウバメガシのものは、やや小さめの頭部と大きく膨らんだ胴体、それに体節の辺りが顕著に隆起していて、クヌギやアラカシの幼虫とは全く別物でした。
 因みに、別々の公園から採集した3個の堅果の虫室を解体したところ、全て図9-4-6と同じ幼虫が入っていたので、これはウバメガシの堅果に固有の寄生虫かもしれません。

 以上の結果から、ドングリの堅果に寄生する虫は、幼虫の形態を見る限り、少なくとも3種類は存在すると思います。これらの寄生虫がドングリの樹種を選択するかどうかについては、現段階では何とも言えませんが、これまでの状況から推察すると、恐らく種類毎に選択するものとしないものが存在するような気がします。
 今後、他の樹種の堅果についても同様に調査し、未知の寄生虫の生態を明らかにしていきたいと考えています。
 ウバメガシの虫室は、解体したものを除いて41個が手元に残ってますので、アラカシのものと同様に、十分乾燥させた後、現在プラスチックの密閉容器に入れて保管しています。
 クヌギの幼虫の低い羽化率(10%未満)
(**)を考えると、ウバメガシの数少ない虫室から果して成虫の姿が拝めるかどうか不安ですが、無事出現した暁には本セクションで追加報告しますので、乞うご期待下さい。
** クヌギの羽化率に関する記事は、セクション9-3を参照願います。

(追記1)
 2011年7月26日に、待望の成虫が出現しました(図9-4-9参照)。驚いたことに、クヌギの堅果やコナラの殻斗の短枝にある虫瘤から羽化したものと同じ姿形をしていました。同種のタマバチが、産卵対象に応じて幼虫や虫瘤の形態を自在に変えているとしか考えられません。詳細は、セクション8の雑記45を御覧下さい。


(追記2)
 2011年の10月中旬に、これまで見たことも無い昆虫がウバメガシの堅果に寄生した虫瘤から出現しました(図9-4-10参照)。今回羽化したものは計4匹で、その中には2つの形態がありました。これらが異なる昆虫なのか、それとも同種の雄と雌なのか、現段階では判りません。詳細は、セクション8の雑記64を御覧下さい。


(追記3)
 “ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ” のHPに、アラカシの堅果に産卵するタマバチの写真が掲載されていました。写真から、アラカシの場合は、ドングリの成長が著しい9月の中旬が産卵時期であることが明らかになりました。これは、アラカシのドングリが成熟する1.5〜2ヶ月前に該当します。詳細は、雑記71を参照願います。
 また、上記のHPを開設されている方から、新たに羽化した昆虫(図9-4-10参照)がタマバチの仲間ではなくて、タマヤドリコバチ科の一種ではないかとのご指摘を受けました。この仲間は、通常ドングリが寄主ではなく、タマバチに寄生するそうです。堅果に虫瘤を形成するタマバチに、さらに寄生する昆虫がいるなんて驚きです。普段は見過ごしてしまいそうな小さなハチの世界ですが、とっても奥が深いんですね〜。
“ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ”  : http://mushi-akashi.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-cb8e.html

[ 関連記述 ]
・ セクション8 “ 雑記020:  ついに出た! 〜ドングリに潜む謎の虫〜 ”
・ セクション8 “ 雑記032:  自然が創り出した秘の芸術作品 ”
・ セクション8 “ 雑記036:  寄生虫が創出する変形の美 ”
・ セクション8 “ 雑記040:  ドングリの種類の数だけ存在するの? ”
・ セクション8 “ 雑記043:  奇妙なコナラのドングリから虫が出てきました ”
・ セクション8 “ 雑記045:  謎の虫は、全て同種のタマバチなの? ”
・ セクション8 “ 雑記049:  新鮮な虫瘤がいっぱい! ”
・ セクション8 “ 雑記050:  何も出て来ませんでした ”
・ セクション8 “ 雑記064:  遅れて来た第二のタマバチ? ”
・ セクション8 “ 雑記071:  タマバチが堅果に産卵する時期について ”
・ セクション8 “ 雑記076:  羽化する直前のタマバチの蛹 ”
・ セクション8 “ 雑記079:  学名: Synergus itoensis
・ セクション8 “ 雑記104:  仙台にて 〜ひとときのドングリ採集〜 ”
・ セクション8 “ 雑記113:  たぶん、文献未記載種でしょう ”
・ セクション8 “ 雑記124:  見慣れない奴が出て来ました ”
・ セクション8 “ 雑記132:  マテバシイのドングリの中から... ”
・ セクション8 “ 雑記153:  間違って産卵したんでしょうか? ”
・ セクション8 “ 雑記183:  ウバメガシの堅果に見られる激しい凹凸 ”

(注) このセクションに記載されている写真等の無断転載はご遠慮下さい。