6-2. 大泉緑地の奇妙なドングリ その1

 図6-2-1は、大泉緑地にある特定のアベマキから採集したドングリの殻斗の内側の様子です。普通のアベマキの殻斗とは随分雰囲気が違うのですが、みなさんはどこが変なのか判りますか。

 この図を見て違いが判る人は、ドングリに並々ならぬ関心をお持ちの方でしょう。“ ドングリの殻斗なんかじっくり見たことが無いぞ! ”とおっしゃる方の為に、典型的なアベマキの殻斗とこの殻斗をいっしょに並べた図をお見せしましょう(図6-2-2参照)。

 いかがですか?普通のものと比べてみると違いは明らかですよね。通常、鱗片は殻斗の表側だけを覆っているのですが、この殻斗は内側の内壁部分までびっしりと鱗片で覆い尽くされているのです。
 鱗片がどのようになっているか調べる為に、殻斗を高さ方向に切断してみました。すると、殻斗の裾から内壁に沿って折り返すように鱗片が伸びており、その先端部分は堅果と殻斗が繋がっていた離層の痕跡にまで達していることが判りました(図6-2-3参照)。

 なんとも摩訶不思議な殻斗ですが、実はこのドングリ.....変なのは殻斗だけではありません。これに包まれている堅果が、殻斗に負けないぐらい奇妙な形をしているのです(図6-2-4参照)。

 胴回りには不規則な凹凸があり、首の周りには部分的な膨れが見られます。セクション3-2で紹介した変形ドングリと比べてみると、この堅果がどれだけハチャメチャな形をしているかお判りいただけると思います。

 堅果が変形する1つの要因として、セクション3-2で紹介した変形ドングリ “ 変形くん ”
(*)のケースが考えられますが、この奇妙な堅果には “変形くん” に見られる多果(**)の一部が消滅した痕跡は認められませんでした。また、他の要因として、1個の堅果に複数の種子が同時に発現するケース(***)が考えられますが、この堅果を解体しても種子は1つしか入っていませんでした(図6-2-5参照)。
 これらの点から、この奇妙な堅果は私が知っている変形ドングリとは全く違うメカニズムで誕生したものと考えられます。

   * 変形ドングリ “ 変形くん ” については、セクション3-2を参照願います。
  ** 多果については、セクション3-1を参照願います。
*** 同じ堅果の中に複数の種子が同時に発現する事象ついては、セクション6-3を参照願います。

 当初、この殻斗は同園にあるこのアベマキに特有のものだと思っていたのですが、丹念に調査した結果、同園のクヌギからも類似の形態が見つかりました(図6-2-6参照)。
 このクヌギのドングリは、やや大粒で全体的に丸みを帯びた形をしていましたが、その他の特徴はこのアベマキと酷似していました。異なる樹種で類似の形態が見つかったということは、恐らく他の種類でも同じ様な形態が存在する可能性が高いと思われます。



 ここまで、この奇妙なドングリの特異性ばかり強調してきましたが、これらの個体に結実したドングリの全てがこのように奇妙な形をしているわけではなく、両者とも結実したドングリの8割ぐらいはごく普通の形をしていました。そして、それらの中に僅かですが鱗片の一部分だけが殻斗の内側に侵入しているものがありました(図6-2-7参照)。実は、この中途半端なドングリが、堅果の奇妙な形態を理解する上で重要なヒントを与えてくれたのです。

 図6-2-7の赤い矢印は、殻斗から堅果を取り外す前に、堅果が殻斗に収納されていた箇所を示しています。これを見ると、鱗片が殻斗の内側に侵入している箇所と堅果に窪みのある箇所が、ほぼ一致していることが判ります。他の類似形態のドングリについても同じ傾向が見られたので、鱗片の侵入と堅果の変形の間には密接な関係があると考えられます。



 ここまでの観察結果を基に、この奇妙な殻斗に包まれた堅果が変形するメカニズムについて簡単に考察しておきます。

 堅果は殻斗の形状に合わせて成長するので、殻斗の内側に侵入してきた鱗片によって堅果の発育が妨げられます。ドングリが成熟するまでの長期に亘って、不規則に内側に侵入してきた鱗片によって、堅果の表面にはその侵入量に応じた凹凸が刻み込まれます。また、鱗片が侵入してきたことによって、堅果の横方向への成長が阻害された部分が、縦方向にその発露を求めた結果、堅果の首回りに突出した膨れが生じます。以上が、この堅果が変形したメカニズムです。

 残念ながら、現時点で私が推察出来るのはここまでで、鱗片が殻斗の内側に侵入する原因については何も判っていません。ドングリの成長過程を詳細にトレースすれば、この原因を明確にすることができるのかもしれませんが、諸々の事情があって実行に移せていません。

 今後も引き続きこのドングリについて調査し、新たな知見が得られればこのセクションの末尾に追記します。このHPをご覧になった方で、この奇妙なドングリの形態について何か知見をお持ちの方がおられましたら、ぜひともご教授願います。

(追記)
 その後の調査で、鱗片が殻斗の内側に侵入する理由が明らかになりました。詳細は、雑記179を参照願います。