雑記D. 2010. 2.21
“ 裸のドングリ ”
 図8-D-1をご覧下さい。これらは全部スダジイのドングリですが、普通我々が目にするものとは随分違った感じがしますよね。典型的なスダジイの堅果は、へそ以外の部分に光沢のある焦茶色の果皮を纏っているのですが、このドングリは何も身に着けていません。正に、 “ 裸のドングリ ” なんです!

 これは、故意に私がヤスリで果皮をこそぎ落とした訳ではなく、最初からこんな姿で落ちていたんです。スダジイのドングリって、焦茶色の表皮組織が無くなると、堅果全体がへそに見えちゃいますね。

 この個体に結実するドングリは、半数以上が図8-D-2のような形をしていますが、昨年の秋大量に落下したドングリの中に、図8-D-1にあるような裸のドングリが数10個程混在していました。たぶん、図8-D-2に見られる果皮の部分的な変質が、堅果全体に波及した結果、このような裸のドングリが誕生したんでしょう。これまでに、この形態のものは大阪市大附属植物園の個体でしか見たことがないので、非常に珍しいケースではないかと思います。


 このドングリの特異性について調べる為に、まずは通常のスダジイ(以下、標準形態と称する)と果皮が変質しているもの(以下、異状形態と称する)のディティールを観察しました。

 まずは、標準形態と異状形態の断面を比較してみます。図8-D-3が前者で、図8-D-4が後者の高さ方向の切断面です。これを見ると、標準形態は殻斗と堅果の境界が明確ですが、異状形態はへそと焦茶色の果皮がある部分を除くと、両者が癒着しているせいか境界が明確ではありません。


 次に、異状形態について殻斗と堅果の表面状態を調べてみました。図8-D-5は、異状形態の殻斗の焦茶色の果皮を被覆していた殻斗の内壁 [ 図中(a)] と、へその様に見える部分(へそ以外)を被覆していた殻斗の内壁 [ 図中(b)] を実体顕微鏡と走査型電子顕微鏡で拡大したものです。これを見ると、(a)には標準形態のものと同様に微毛が密生していますが、(b)にはほとんど毛が生えておらず、果皮の内部に見られるのとよく似た組織が露出していることが判ります。


 さらに、異状形態の堅果の表面を拡大したものを図8-D-6に示します。図中(a)は焦茶色の部分を拡大したもので、(b)はへそと同じ様に見える部分(へそ以外)を拡大したものです。これを見ると、(a)は標準形態の果皮と同じ組織ですが、至る所に殻斗の内壁に見られるのと同じ毛(平たくて螺旋状に捩れたもの)がありました。それらの毛は単に付着しているのではなく、表皮組織の中に埋没するように密生していることが判りました。一方、(b)は果皮の内部に見られるのとよく似た組織であることが判りました。


 最後に、冒頭でこのドングリは全体がへその様に見えると言いましたが、実際のところはどうなんでしょうか。へそと果皮の組織の違いについては、堅果の断面構造を見れば明確に区別できるので、異状形態の堅果を高さ方向に切断したものを実体顕微鏡で観察してみました。その結果、異状形態のへそは標準形態のものとほぼ同じ程度の大きさで、それ以外のへその様に見える部分は、単に果皮が変質したものであることが判りました(図8-D-7参照)。

 以上の調査結果から、この奇妙なスダジイは堅果と殻斗がきれいに分離されずに成熟した為、本来堅果の表面に見られる焦茶色の果皮が殻斗と癒着して、両者が交じり合った状態になったものと考えられます。

 このドングリを見ていると、堅果の最表面にある光沢のある組織(スダジイで言えば焦茶色の表皮)が、ドングリを如何に魅力的なものにしているのかが良く判ります。ドングリを艶々に見せるこの組織は、陶器で言えばさしずめ釉薬のようなものでしょうか。私は他の木の実には無いドングリの艶々した美しさに魅せられたので、もしもこの組織が堅果の表面を覆っていなければ、おそらくドングリに興味をもつことは無かったと思います。