雑記A. 2008.11. 1
“ 分厚い帽子を被ったドングリ ”
不必要なまでに分厚くて大きな殻斗の中に、アベマキとしてはやや小さめの堅果が入ったドングリを見つけました。10月初旬に、服部緑地公園 [ 所在地 : 大阪府豊中市 ] でいつものようにドングリを採集していると、突然頭の上から“ドスッ!”と大きな音を立てて落下してきたのがこのドングリです(図8-A-1参照)。落下地点の周辺の地面に散乱していたドングリは、何れも堅果を覆い尽くすような大きな殻斗がついたままの状態で転がっていました。
アベマキの殻斗は、普通スラリとした細長い鱗片に覆われていますが、この殻斗の鱗片は太短く、殻斗全体はゴツゴツした石のような感じでした。しかも、自宅に持ち帰ってドングリの重量(殻斗付)を計ると、大きなものは35gもありました。こんなに重たいドングリは、これまでに見たことがありませんでした。
そして、何にもまして驚いたのは、ちょっとやそっとの力では殻斗から堅果を取り出せなかったということです。微かに露出している花柱の辺りから少しづつ殻斗の鱗片を剥いていくと、あるところまでは指の力で解体出来るのですが、そこから先はカッターやペンチを使ってようやく堅果を取り出すことが出来るぐらい、おそろしく頑丈な殻斗でした。
こんなに硬い殻斗から、堅果は一体どうやって抜け出すのか不思議でなりませんでしたが、数日経って窓際に置いてあったこれらのドングリを見ると、あれだけ硬くて歯が立たなかった殻斗が、蕾が花開くように四方八方に裂けて、堅果が殻斗から零れ落ちていたのです。なるほど、天日で乾燥すると自動的に殻斗が破裂する仕組みになっていたんですね。つくづく、自然はうまく出来ているもんだと感心させられました。
さらに、この殻斗の厚みがぐれぐらいあるのか、高さ方向に切断して典型的なものと比較してみました(図8-A-2参照)。すると、その差は歴然としており、典型的なものの2倍半〜3倍も厚いことが判りました。しかも、堅果のへそから肩に至るまでの胴回りを分厚い殻斗がしっかりと覆い尽くしているところが、典型的なものと大き違っていました。
ところで、なぜこのドングリは不必要と思われるほど大きくて分厚い殻斗を身につけているのでしょうか。ドングリの堅果は、殻斗を貫く維管束からへそを通して栄養分を吸収しながら大きく成長します。ですから、未熟な堅果はへそに近い部分ほど柔らかい果皮に包まれています。
コナラシギゾウムシ [ ゾウムシ科 (学名:Curculio dentipes) ](*)のようなドングリに産卵する甲虫類は、通常この柔らかい部分を狙って、殻斗の上から口吻を差し込みます。口吻の長さは、シギゾウムシの体長(10〜15mm)のおよそ半分ぐらいはあるので、典型的な殻斗であれば容易に口吻を差し込んで、果皮の内側にある種子に産卵することができます。
しかしながら、図この殻斗のように分厚くて、なおかつ堅果の胴回りを覆い尽くすように鱗片が発達していると、長い口吻を使っても種子に産卵するのは容易ではありません。実際に、私が採集した図8-A-1のドングリ(総数:43個)には、1個として産卵の痕跡が認められませんでした。一見不必要と思われるほど分厚い殻斗は、もしかすると虫食害対策としてドングリ自身が進化した姿なのかもしれません。
* セクション8の雑記364を参照願います。