11-3. コナラ属に見る殻斗の鱗片構造

 ドングリの帽子(殻斗)は、属種によって外観や構造が大きく異なります。セクション10では、最も帽子らしい形をしたシラカシの殻斗を紹介しましたが、ここでは帽子のイメージと大きくかけ離れた、ブナ(ブナ属)、スダジイ(シイ属)、クリ(クリ属)の殻斗についてそれらのディティールを紹介します。

・ 同じ種類でも形態には個体差があります。ですから、ここで例に挙げているものと他の個体から採集したものとでは、微妙に異なる点があることを留意願います。
・ ある部分を顕微鏡で拡大する場合、その部分を囲んだ枠の色と同色の枠で拡大した写真で表示しています。

ブナ( Fagus crenata)

 2個の堅果を包含した殻斗は4つに分裂します(*)。殻斗の内側と外側は、直径10〜20μmφの細かな毛で覆われています(図11-4-1参照)。特に外側は、細かな毛以外に小さな葉っぱに似たもの(図中:葉状体と記載)が数多く見られます。図11-4-2は、それを拡大したものです。
* 堅果を1個だけ包含した殻斗については、3つに分裂します。

 葉によく似た葉状体の片面は、直径が10μmφ前後の細くて長い毛で覆われています。葉状体は、同じ殻斗の中でも幅が狭いものや太いものが混在しています(**)
** この葉状体が鱗片葉であることは、セクション8の雑記272で実証済です。

 図11-4-3は、殻斗内部にある維管束の様子を表しています。4裂した殻斗を輪切りにすると、殻斗の柄(果軸)を貫く維管束は、まず殻斗と堅果との接続箇所(図中:離層痕跡と記載)に集結し、そこを起点に殻斗の内部に沿って先端部分にまで伸びています。その途中で、殻斗の外壁にある葉状体へと分岐します。


スダジイ( Castanopsis sieboldii)

 殻斗は2〜3つに分裂しており、外側は直径5〜10μφの短毛、内側は直径10〜15μmφ(平板もしくは楕円形も有)の長毛で覆われています(図11-4-4参照)。殻斗の外壁にある瓦状のものが鱗片です。

 
 図11-4-5は、殻斗内部の維管束の様子を表しています。殻斗の内外を覆う表皮組織を剥離すると、その中に0.3mm程度の幅をもつ太くて長い維管束があります。これらは、殻斗と果軸の接続部分の辺りから分岐したもので、そこから殻斗の先端にまで伸びています。スダジイでは、ブナの殻斗の内部を走る維管束に見られるような、殻斗の外壁への分岐は見られません。

クリ( Castanea crenata)

 殻斗は2〜4つに分裂します。殻斗の内側には、直径5〜10μmφの細かな毛が密生しています(図11-4-6参照)。一方、外側は鋭い棘で覆われており、棘の根元とその周辺にだけ微毛があります(図11-4-7参照)。また、殻斗の表面から突出した直径600μm前後の棘は、その先端に至るまでに繰り返し分岐しています。

 クリの殻斗の外壁から棘を取り除くと、図11-4-8のような状態になります。その姿は、図11-4-1にあるブナの殻斗にそっくりです。棘を取り除いた後に棘の突出箇所を数えてみると、殻斗のサイズが大きいもの程その数が多いことが判ります。
 図11-4-8の左側は野生種、右側は栽培種(標準サイズ)のものですが、突出箇所の数は倍以上異なります。1箇所から突出した棘は分岐を繰り返すことから、栽培種でも巨大なクリの殻斗になると、1万本近い棘があることになります。

 
 図11-4-9は、殻斗内部にある維管束の様子を表しています。ブナやスダジイの殻斗と同様に、殻斗と果軸の接続部分の辺りから堅果との接続部分(図中、離層痕跡と記載)まで太い維管束があります。一方、棘の断面を見ると、全ての棘(分岐したものを含む)の内部には、顕微鏡で十分確認出来る大きさの維管束があります。

 殻斗の内部を解体すると、棘の中を通っている維管束と殻斗の付根にある太い維管束が繋がっている様子が観察出来ると思ったのですが、予想に反して、両者が繋がっている様子は認められませんでした。両者の中間部分は、毛細血管のように張り巡らされた細かな維管束で繋がっているのかもしれません。