11-1. 筋状構造物のドングリ種別実態調査

 セクション10、シラカシの堅果の内部にある筋状構造物について紹介しました。重複しますが、その概要を図11-1-2にまとめておきます。これを初めて実見した時には、シラカシだけでは無くて、ドングリ全般に共通する基本構造だと思ったのですが、他の種類や個体別に詳しく調査してみると、そうではないことが判りました。



 日本で採集出来る21種類のドングリについて、種類別に異なる樹木から出来る限り様々な形態の堅果(球体、長楕円体、大小等)を選別し、実体顕微鏡で筋状構造物の有無を調べてみました。調査結果を、表11-1-1にまとめます。但し、ハナガガシ、イヌブナ、ブナ、ミズナラについては、私が採集可能な京阪神地区での樹木数が限られているので、サンプルの個体数は極僅かです。

 この表を見ると、筋状構造物がドングリに共通のものでないことが一目瞭然です。アカガシ亜属とマテバシイ属を除くドングリの中で、ブナ、イヌブナ、クリ、ツブラジイ、クヌギ、アベマキの6種類については、堅果の形状や大きさに関わらず、筋状構造物は確認出来ません。
 また、スダジイについては、個体間で筋状構造物の有無が併存しており、20mm以上の比較的大粒の堅果だけに存在します(図11-1-5参照)。


 以上の結果から、果皮の内部にある筋状構造物はドングリを構成する基本的な要素ではないことが判りました。それでは、なぜこの構造物を持つものと持たないものが存在するのでしょうか。それについて少し考えてみたいと思います。
 
 実際に堅果を解体してみると、筋状構造物は果皮の組織と比較してかなり硬質であることから、堅果の形体を保持する為のホネ(=内骨格)のような機能を有するのではないかと推測しています。
 それでは、仮に筋状構造物が堅果の内骨格のようなもので、整形に一役かっているとした場合、この構造物を持たないドングリは一体どのような形で堅果の整形機能を代替しているのでしょうか。

 この構造物が存在しないドングリの中で、ブナ属のブナとイヌブナについては、堅果の形状が四面体構造ですから、底面(へその有る面)以外の3つの面が造る3つの角が支柱の様な役割を果たすことで、筋状構造物の代わりをしているのではないかと考えます。
 また、クリやシイ(スダジイの一部の例外は除く)については、堅果全体がすっぽりと殻斗で覆われていることから、殻斗全体が堅果の外骨格の様な役目を果たすことで、堅果の形を矯正しているのではないかと考えます。
 このような視点から、クヌギやアベマキのドングリの構造を見てみると、堅果がある程度の大きさになるまでは、長い鱗片をもつ殻斗が全体を被覆しているので、クリやシイと同じ様に、これらのドングリも殻斗によって堅果の形が矯正されていると考えます。

 かなり独善的な考察になりましたが、私のイメージするところが判って頂けたでしょうか。ただ、この様な考え方では、スダジイに見られる例外的な事象を説明出来ませんし、もっと検体数を増やして細かく調べてみると、スダジイ以外のものでも、例外が出て来ないとも限りません。
 残念ながら、自然の造形物は複雑怪異であり、簡単明瞭な解釈を許してはくれないようです。どなたかこの構造物に関する知見をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひともご教授下さい。

(追記)

 アベマキの堅果で確認出来なかった筋状構造物について、成熟する1.5ヶ月前の堅果の断面を観察してみましたが、やはりそれに該当するものは見られませんでした(図11-1-6参照)。

 たぶん、これが維管束だとすると、実体顕微鏡レベルで確認出来ないドングリについては、もっと細い毛細血管のようなものが、果皮の内側に張りめぐらされているのではないでしょうか。

 ところで、この筋状構造物が維管束だとすると、どうしてドングリの種類によってその構造が大きく違うのでしょうか。維管束は、堅果への水分や養分を供給する為の通路ですが、固い細胞壁で構成されているので、植物の形態を保持する支柱のような役割を兼ね備えています。
 ですから、表11-1-1中で筋状構造物が確認出来なかったドングリについては、このような太い維管束を持たなくても、堅果を整形出来るような別の代替機能を有していると考えられます。

 前段の考察では、その代替機能を殻斗の特異な形状に求めましたが、ここでは堅果を包み込む果皮の肉厚に着目し、それとの関係から筋状構造物の機能についてあらためて考察してみました。果皮の肉厚については、ドングリの中から主だったものを何種類か選抜して、種類毎に1個ずつ標準的な大きさの堅果を胴回り(果皮厚が最大になる部分)で切断したものを実体顕微鏡で計測しました。結果を表11-1-2にまとめます。

(注) 
・ クリやブナについては、毛状組織がかなり発達しているので、果皮厚はかなり厚くなります。
・ 毛状組織が果皮の一部であることは、セクション8の雑記18に明記してますので、そちらを参照願います。
・ 果皮厚は、筋状構造物が無い部分(構造物がある部分は果皮が内側に突出しています)を測定しています。

 この表を見ると、果皮厚が400μmを超えるドングリは、マテバシイを除くと全て筋状構造物が無いものに該当し、果皮厚が400μm以下のものについては、例外無く筋状構造物が存在することが判ります。この結果から、筋状構造物を持たないドングリは、その果皮を厚くにすることで形態保持機能を代替している可能性が考えられます。特に、シイやブナ、クリについては、厚い果皮の外側を殻斗で包み込む様な構造をとることで、筋状構造物の存在を必要としなくなったのかもしれません。

 ところで、実際に堅果を切断して、そこから種子を取り除いた果皮を指先で摘んでみると、果皮厚が300〜400μmもあるドングリについては、筋状構造物が無くても十分に堅果の形態を保持出来るように感じます。ですから、筋状構造物を有する全てのドングリが、必ずしもこの構造物が無いと堅果を整形出来ないという訳では無いと思います。

 但し、1種類だけ筋状構造物が絶対に必要不可欠なものがあります。それは、果皮厚が僅か百数十μm程度のウバメガシのドングリです。
 ウバメガシのドングリから種子を取り除いて、果皮だけに触れてみれば、この構造物の必要性が十分に認識出来ます。ウバメガシの薄っぺらで脆い果皮が割裂しないように、竹籤の様に柔軟性のある筋状構造物が果皮を構成する組織をうまく繋ぎとめているのが、はっきりと判るでしょう。
 もし仮に、ウバメガシの果皮に筋状構造物が無ければ、成長と共に膨張する種子を被覆しきれずに果皮が亀裂剥離し、成熟する前に種子は樹上で丸裸になってしまいます。そうなると、種子が発芽する前に、鳥や昆虫によって食害される可能性が極めて高くなり、種子の存続が危うくなります。

 以上の点から、筋状構造物は本来の機能(=維管束)以外に、堅果の形態を保持する機能も有しており、この構造物を持たないものは果皮厚を厚くしたり、殻斗の形状を工夫する事によって、その機能を代替補償していると考えます。