9-2. 殻斗の付根に潜む奇妙な虫

 セクション8の雑記32で、殻斗が異常に長い奇妙なドングリについて紹介しました(図9-2-1、図9-2-2参照)。それ以来、このドングリについて詳しく調べる為に、これと同じものを探し求めて、コナラがたくさんある公園を点々としました。その結果、この奇妙なドングリを発見したはじかみ池公園にある同じコナラから、形状は異なりますが、これと類似するものが幾つか見つかりました。

 今回、あらたに採集したのは、図9-2-3に示す6つのドングリです。この中で、(e)と(f)は表面が灰黒色に変色しており、明らかに昨年よりも前に結実したものと思われます。他の(a)〜(d)については、図9-2-2のように先端に堅果があって、明らかにドングリと判別出来るものではありませんが、

1. 先端部が殻斗の鱗片の様なもので覆われていること(堅果の花柱が残存するものも有)
2. 胴部〜付根部にかけての肥大した組織の外観が、図9-2-2のものと酷似していること

から、類似のものであると考えられます(図9-2-4参照)。

 また、(c)と(d)には先端部と胴部の2箇所に殻斗が見られます。この事例から、これらのドングリの肥大した部分が、葉の付根に存在する芽では無く、当初想定した通り、殻斗の付根の短枝の組織が変化したものであることが明らかになりました。


 サンプルが複数個採集出来たので、図9-2-3にある(b)のドングリの内部構造を詳しく調べてみました。
 まず、このドングリの先端部を高さ方向に切断すると、内部には花柱や種皮が残存しており、この部分がドングリであることが、あらためて確認出来ました(図9-2-5参照)。
 内部が空洞で種子に該当するものが見当たらないのは、先端部にある小さな孔(同図左下写真参照)から何らかの虫が侵入して種子を食害したか、あるいは殻斗の付根の短枝が肥大変形したことによって、枝からの栄養分のパス(維管束)が遮断され、ドングリの健全な成長が阻害された為ではないかと考えます。

 次に、このドングリの肥大した胴部〜付根部に至る箇所について、同様に高さ方向に切断してみると、樹皮の内側の組織が異常に膨張しているのが判りました(図9-2-6参照)。また、この膨張した組織の先端部にある殻斗寄りの中央付近に、長さが1mm程度の小さな幼虫が潜んでいました。
 これで、漸くこの奇妙なドングリが、虫瘤とドングリが合体したものであることが明らかになりました。

 この幼虫は、セクション9-1で紹介したクヌギイガタマバチや、堅果内部に潜んでいたタマバチの一種(名称不明)とは明らかに外観が異なり、乳白色の体内に黒い筋の様なものが見られました。また、前者の虫室は何れも硬く乾燥しており、それを取り囲む組織とは異質でしたが、この幼虫は虫室としての独立した空間を有しておらず、肥大して湿った植物組織の中に埋没するような形で暮していました。

 この虫が産卵する時期を、採集した虫瘤にあるドングリの形態からを推測すると、恐らく6〜8月頃ではないかと考えられます。

 最後に、この奇妙なドングリには形状以外にサイズの違いがありますから、図9-2-3(b)のドングリの倍程度の大きさがある同図(c)のものについても、内部を調べてみました(図9-2-7参照)。左側の断面が(c)のもので、右側が(b)のものです。
 両者の基本構造に大きな差はありませんが、図9-2-3(c)のドングリには虫室が2つありました。この結果から、産卵数は1箇所について1個とは限らないことが判りました。


 コナラに寄生する虫について、HPや文献を調査した結果を表9-2-1にまとめます。私が調べた範囲では、虫が寄生する部位と虫瘤の形状から、このセクションで紹介したものは、表の何れにも該当しませんでした。
 どうやら、セクション9-1で紹介したものと同様に、この虫もタマバチの新種か、あるいは(文献)未記載種である可能性が極めて高いと思われます。

* 虫瘤の写真を御覧になりたい方は、北海道の虫えい(虫こぶ)図鑑 [ http://www.galls.coo.net/index2.html ] を参照願います。ブナ科の植物に形成される虫瘤について詳しく記載されてます。なお、このHPは相互リンク不可ですので、御覧になられる場合は、前記のアドレスに直接アクセスして下さい。
 採集したサンプルの内、断面観察に2個使用しましたので残りは3個になってしまいましたが、これらを飼育して何とか成虫の姿を拝みたいものです。そこで、早速ガラス瓶に少量の水を入れたところに枝付きのドングリを浸して、瓶の口を防虫ネットで覆ったものを準備しました(図9-2-8参照)。

 このドングリに寄生している幼虫は、湿った植物組織の中で生活していたので、極端な乾燥を抑える目的で少量の水を加えています。こうしておけば、万が一成虫が出現しても、必ずこの中で捕獲出来る筈です。3つの中から、幸運にも成虫が現れた時には詳細をご報告します。


(追記1)

 2011年5月25日に、待望の成虫が現れました(図9-2-9参照)。実体顕微鏡で観察した結果、この奇妙な虫瘤を造ったのもタマバチの一種であることが明らかになりました。驚いたことに、その姿形はクヌギの堅果の中にあった虫瘤から出てきたものと酷似していました。詳細については、セクション8の雑記43を御覧下さい。


(追記2)
 2011年の11月末に、再度採集した虫瘤を解体したところ、クヌギやウバメガシの堅果に寄生するタマバチと同じ幼虫であることを確認しました。前回、虫瘤を解体した時に目撃したものは、成長段階にある幼虫であった可能性が高いと考えられます。詳細は、雑記71を参照願います。

“ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ”  : http://mushi-akashi.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-cb8e.html

(追記3)
 後日あらためて虫瘤を解体したところ、図9-2-6とは姿形が異なる幼虫が出てきました。その幼虫は、クヌギやウバメガシのドングリの堅果に寄生しているタマバチのものと酷似していました。当初、私は幼虫の観察時期の違いが両者の形態差に現れたのだとばかり考えていた(**)のですが、読者の方から以下のコメントを頂き、どうやら両者は別種の幼虫である可能性が出てきました。コメントの内容については、下記のHPにある2012年10月15日付のコメント欄を参照願います。
   http://mushi-akashi.cocolog-nifty.com/blog/cat22090103/index.html [ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ]
** セクション8の雑記071を参照願います。

(追記4)
 2017年の春、兵庫県神戸市高塚山緑地で開花して間もないコナラの雌花にこのタマバチが産卵しているのを目撃しました。実際に目にするまでは、開花後1ヶ月程度が経過した幼果に産卵しているのではないかと思っていたのですが、実際には開花したばかりの花に産卵していることが明らかになりました。
 
おそらく、彼らが生活している土地のコナラの開花時期に合わせて、コナラの雌花が咲く直前に羽化して、開花と同時に産卵するというサイクルを繰り返しているのではないでしょうか。