9. ドングリに潜む奇妙な虫

 図9-1-1に示すクヌギの堅果には、複数箇所に異常な膨らみが見られます。この堅果の中身は、一体どうなっているのでしょうか。

 胴回りにで切断してみると、果皮の内側に茶色い異物が入ってます(図9-1-2参照)。どうやら、この異物に圧迫されて堅果の表面が凹凸状に膨らんでいるのです。

 この異物について調べる為に、局部的な膨らみがあるクヌギの堅果を40個程採集し、解体して中から種子を取り除いてみると、ほとんどのものに異物が入っていました(図9-1-3参照)。
 これらの異物が、どのような状態で堅果の中に存在するのか、調査した結果は以下の通りです。

・ 単体の異物は、一つの堅果の中に10数個から多いものでは20個以上入っている

・ 単体の異物は、複数個が纏まって互いに張り付いた状態で存在する(以下、異物の集合体と称する)

・ 異物の集合体は、果皮の内側に貼り付くように2〜3箇所に分かれている

・ 異物の集合体は、へその近傍に存在する場合が多く、その一部はへそと接しているものが多い

・ 異物の集合体は、種皮と種子の間にあり、双方から完全に独立している

・ 異物のある堅果の表面には、昆虫による食害(産卵孔等)の痕跡は見られない

 次に、異物の内部について調べてみました。1つ1つの異物は、相互に接着剤のようなもので強固に繋がっているので、そこから一つだけを分離して切断しようとしたのですが、小さくて非常に硬いので、カッターで切断するのは無理でした。そこで、ペンチを使って異物を砕く様にして割ってみました。
 
 すると、異物の中から体長2〜3mm程度の乳白色の幼虫が出てきました(図9-1-4参照)。この異物は、この幼虫の虫室だったのです。虫室から取り出した幼虫には目立った動きが見られず、偶に思い出したかのようにその場で伸縮運動をしていました。
 極めて硬く、そして隙間がほとんど無い虫室の中に居住していることから推測すると、この幼虫はこのサイズで成熟体だと思います。虫室は、薄いところでも0.5mm程度の厚みがあるので、こんなにモビリティが悪くて脆弱な幼虫では、虫室から脱出するのは、まず無理でしょう。恐らく、この中で成虫になってから脱出すると思われます。
 色々と奇妙な点が多い虫ですが、中でも私が一番不思議に感じたのは、この幼虫が堅果の表面に何の痕跡も残さずに、一体どこから、どのようにして堅果の内部に侵入したのかということです。

 ここで、一般に我々がよく目にする、ドングリを餌として成長する虫の生態について簡単に紹介しておきます。これらの虫の生態と比較すると、如何に前段で紹介した幼虫が特異であるかが、はっきりと判ります。

 山や公園で拾ったドングリの表面に、針で突いた様な小さな孔が開いているのを、みなさんは御覧になったことがあるんじゃないでしょうか(図9-1-5参照)。
 この孔は、
ハイイロチョッキリ [ オトシブミ科(学名:Mechoris ursulus) ] (*)コナラシギゾウムシ [ ゾウムシ科(学名:Curculio dentipes) ] (*)、クヌギシギゾウムシ [ ゾウムシ科(学名:Curculio robustus) ] のような甲虫類が、成熟真近のドングリに産卵の為に口吻を刺し込んで開孔したものです。
 この堅果を割ってみると、孔の奥にはこれらの虫が産卵管を通して産みつけた小さな卵が入っています。この卵は産卵後数日で孵化し、卵から出てきた幼虫は、ドングリの種子を食べて大きく成長します。

 図9-1-6に、一例としてクヌギシギゾウムシの幼虫を示します。体長は10mm程度で、成熟すると果皮に1.5〜2mm程度の孔を開けてドングリの外に出てきます。出てきたばかりの幼虫は、すぐに土の奥深くまで潜り込んで冬を過ごします。その後、翌年の春から夏にかけて、成虫として我々の前に姿を現します。

 もう一つ、我々がよく目にするドングリを餌にする幼虫に、蛾の一種のクロサンカクモンヒメハマキ [ ハマキガ科(学名:Cryptaspasma trigonana) ](**)がいます。
 クロサンカクモンヒメハマキは、ドングリでは無く、ドングリの樹の葉っぱに産卵します。孵化したばかりの幼虫は、他の昆虫がドングリに開けた産卵孔等から侵入して、ドングリを食べて成長します。
 成熟して体表面がピンク色になった幼虫(図9-1-7参照)は、ドングリから出てきて堆積した枯葉の裏や土の表面浅くに潜って繭を作り、そこで冬を過ごします。その後、春から夏にかけて羽化します。

* 名称をクリックすると、ハイイロチョッキリ、コナラシギゾウムシの写真が現れます。虫ナビのサイト [ http://mushinavi.com/ ] にリンクしています。

** 名称をクリックするとクロサンカクモンヒメハマキの写真が現れます。Web東奥/東奥写真館・青森昆虫記のサイト [ https://www.toonippo.co.jp/photo_studio/insects/choucho/hamaki/index2.html ] にリンクしています。

 以上簡単ではありますが、ドングリを餌にする代表的な虫を紹介しました。ドングリに直接産卵するか、しないかという違いはあるものの、両者とも必ず堅果の表面にある孔を通して外部から侵入(もしくは産卵)し、ドングリの種子を食害するという点で共通しています。
 これらの虫と比較すると、前段で紹介したものは全く別物であることがはっきりしたでしょう。何処からともなくドングリに侵入してきて、ご馳走であるはずのドングリの種子には見向きもせず、一体何を食べているのでしょうか。全く奇妙としか言いようがありません。

 この奇妙な幼虫について、関連する文献やホームページを検索してみたのですが、私が目を通した範囲では、シギゾウムシのような甲虫類を除いて、ドングリに寄生する虫の記事は見当たりませんでした。どなたかこの虫について知見をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひとも御教授下さい。

 最後に、この異物に潜む奇妙な虫の生態について、私なりに考察した事柄をまとめておきます。ドングリの樹には、前段で紹介した甲虫類や蛾の仲間の他にも、カメムシやハチ、ハエの仲間と言った色んな虫が寄生します。寄生の形態は様々ですが、その中で1つ私の目をひいたのが、虫瘤というものの存在です。

 虫瘤というのは、植物の内部に昆虫が産卵管を差し込んで卵を産みつけることによって、植物の組織が異常に発達して生じるコブ状の突起のことです。図9-1-8に、この秋撮影したクヌギの虫瘤を示します。この写真の角度ではよく判りませんが、この枝には全部で3つの虫瘤があります(写真手前に2つ、背面に1つ)。

 この虫瘤を形成したのは、クヌギエダイガタマバチ [ 学名:Trichagalma serratae ] というタマバチ科の小さな虫で、クヌギの枝を専門に寄生します (図9-1-9参照)。この虫瘤をよく見てみると、クヌギのドングリの殻斗と同じ様な形をしていますよね。虫瘤の形態は、寄生する樹木や昆虫によって様々ですが、クヌギエダイガタマバチの虫瘤だけは、不思議なことに、ドングリと良く似た形をしてるんです。

 この虫瘤を枝から1つだけ取り外して解体してみると、中央に虫室があり、その中に1匹のクヌギエダイガタマバチの幼虫が暮らしていました(図9-1-10参照)。虫室の一端は枝と繋がっているので、この幼虫は枝から何がしかの栄養分を吸収して成長すると考えられます。そして、この中で成虫になるまで過ごして、羽化と同時に孔を開けて虫室の外に出てきます。

 以上、クヌギの枝に虫瘤を形成する、クヌギエダイガタマバチの生態について簡単に紹介しましたが、この様な植物組織への寄生手段を考慮すると、冒頭で紹介したドングリの中の異物も、これに類似した方法で形成されたと考えます。
 恐らく、この虫はドングリの雌花かあるいは幼果を狙って産卵し、その後、ドングリと共に成長して、図9-1-2の様な虫瘤が出来上がったのでしょう。異物の集合体の一部が、堅果のへその部分(維管束)と繋がっているのも、きっとそこから栄養分を吸収するためだと考えられます。
 異物の形成過程については概ね上述の通りだと思うのですが、肝心の異物を形成した犯人の正体をつきとめないことには、どうもしっくりときません。
 そこで、現在大きなプラスチックの透明容器にたくさんの異物を入れて、羽化した成虫を捕えようと計画しています。このやり方で成功するかどうか、定かではありませんが、先日、1年以上前から私の部屋に放置していた異物の集合体の表面に、小さな孔が開いているのを見つけました(図9-1-13参照)。たぶん、これが成虫の脱出孔だと思います。
 ですから、こんないい加減なやり方でも、案外成虫とご対面出来そうな気がするのです。うまい具合に成虫が出現した暁には、本セクションで追加報告しますので、御期待下さい。


(追記1)

 2010年7月30日に、異物の中から成虫が現れました(図9-1-12参照)。虫ナビさんに調査してもらった結果、名称については定かではありませんが、タマバチ科の一種で新種か(文献)未記載種であろうとの事です。詳細については、セクション8の雑記20を御覧下さい。


(追記2)

 “ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ” のHPに、アラカシの堅果に産卵するタマバチの写真が掲載されていました。写真から、アラカシの場合は、ドングリの成長が著しい9月の中旬が産卵時期であることが明らかになりました。これは、アラカシのドングリが成熟する1.5〜2ヶ月前に該当しますので、クヌギの場合はもっと早く、8月上旬頃が産卵時期と考えられます。詳細は、雑記71を参照願います。

“ 明石・神戸の虫 ときどきプランクトン ”  : http://mushi-akashi.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-cb8e.html

[ 関連記述 ]
・ セクション8 “ 雑記020:  ついに出た! 〜ドングリに潜む謎の虫〜 ”
・ セクション8 “ 雑記032:  自然が創り出した秘の芸術作品 ”
・ セクション8 “ 雑記036:  寄生虫が創出する変形の美 ”
・ セクション8 “ 雑記040:  ドングリの種類の数だけ存在するの? ”
・ セクション8 “ 雑記043:  奇妙なコナラのドングリから虫が出てきました ”
・ セクション8 “ 雑記045:  謎の虫は、全て同種のタマバチなの? ”
・ セクション8 “ 雑記049:  新鮮な虫瘤がいっぱい! ”
・ セクション8 “ 雑記050:  何も出て来ませんでした ”
・ セクション8 “ 雑記064:  遅れて来た第二のタマバチ? ”
・ セクション8 “ 雑記071:  タマバチが堅果に産卵する時期について ”
・ セクション8 “ 雑記076:  羽化する直前のタマバチの蛹 ”
・ セクション8 “ 雑記079:  学名: Synergus itoensis
・ セクション8 “ 雑記104:  仙台にて 〜ひとときのドングリ採集〜 ”
・ セクション8 “ 雑記113:  たぶん、文献未記載種でしょう ”
・ セクション8 “ 雑記124:  見慣れない奴が出て来ました ”
・ セクション8 “ 雑記132:  マテバシイのドングリの中から... ”
・ セクション8 “ 雑記153:  間違って産卵したんでしょうか? ”
・ セクション8 “ 雑記183:  ウバメガシの堅果に見られる激しい凹凸 ”

(注) このセクションに記載されている写真等の無断転載はご遠慮下さい。