雑記079. 2012. 6. 6
“ 学名: Synergus itoensis ”
 先日、タマバチについてネットで検索していたら、九州大学大学院比較社会文化研究院の成果報告を紹介したサイト(*)に、これまでこのHPで紹介してきた堅果に寄生するタマバチと良く似た写真が掲載されているのを見つけました(図8-79-2参照)。
 そのタマバチは Synergus itoensis (学名)と命名されていました。サイトの解説文を読むと、このタマバチはアラカシに寄生するとの事ですが、寄生する部位についてはどこにも記載されていませんでした。
  * 2010年度 研究支援 成果報告  : http://scs.kyushu-u.ac.jp/report/abeyo.htm

 そこで、このタマバチの命名者である九州大学の阿部先生に寄生部位について直接メールで訊ねてみることにしました。その結果、思った通り、このタマバチはアラカシの堅果に寄生する種類であることが判りました。また、クヌギやウバメガシの堅果、並びにコナラの殻斗(果軸)に寄生するタマバチ(図8-79-3参照)との関連性について質問したところ、これらのタマバチはアラカシとは別種の可能性があるので、さらなる検討を要するとの事でした。

 一方、このサイトの元になる論文(**)もメールに添付して下さいましたので、一読したところ、このタマバチについて次のような報告がなされていました。

** Y.Abe, T.Ide and N.Wachi 2011. Discovery of a New Gall-Inducing Species in the Inquiline Tribe Synergini (Hymenoptera: Cynipidae) : Inconsistent Implications From Biology and Morphology. Entomological Society of America 104 : 115-120
1. 羽化の最盛期は8月末頃であること
2. 虫瘤は、種子の種皮と胚乳の間にあり、種子の成長を阻害しないこと
3. 一年に一回だけ産卵する一化性であること
4. 形態学的な分類評価の結果、この昆虫が Synergus に属すること

 以下は、この論文についての私の所感になりますが、羽化の時期が8月末であるという情報は、ドングリの生育状態とこれまで確認してきた様々なタマバチが羽化する時期との相関を考える上で非常に参考になりました。アラカシに寄生するタマバチの羽化する時期が、クヌギやウバメガシのもの(羽化の時期:7月末)よりも約1ヶ月程度遅れるのは、恐らく、前者のドングリの成熟時期が後者のそれよりも1ヶ月程度遅いことが原因ではないかと推測します。また、虫瘤の構造やドングリの生育状態との関連性についての記述から、これまでに私が調査してきた内容(HP内に記載済)に相違無いことが確認出来ました。
 さらに、昆虫の専門家による分類方法や生態検証プロセスが随所に詳解されているので、平素はこのような昆虫関連の論文を目にする機会がない私にとって、大変勉強になりました。

 余談になりますが、今回送付頂いた論文の中で、植物に寄生するタマバチに関する概説の箇所に、私が全く予想もしていなかった以下の様な記述がありました。
Therefore, gall-inducing ability was demonstrated in S. itoensis within this tribe for the first time. Because acorn or nut gallers are rare among Cynipidae (Askew 1984, Yukawa and Masuda 1996, Buffington and Morita 2009), galled portions of them have not been described in detail except for Dryocosmus rileypokei Morita et Buffington.
D. rileypokei
 creates galls within the mesocarp wall of the nut of Chrysolepis sempervirens (Kellogg)  (Buffington and Morita 2009) , but S. itoensis  induces galls within the seed coat of the host plant acorns.
 要するに、2009年にBuffingtonらが報告したトゲガシ属 [ =Chrysolepis sempervirens ] (***)の堅果の中果皮に虫瘤が形成されたケースと、2011年にY.Abeらが報告(上記論文筆者)したアラカシの種子内に虫瘤が形成されたケース以外に、この論文が掲載された時点(2011年3月)で、ドングリの堅果に虫瘤を形成するタマバチの仲間に関する報告例が皆無であったということです。
*** 世界中に7属あるブナ科の樹木の内の1属。2種が北米に自生。
 堅果の中にある奇妙な物体が、タマバチの寄生による虫瘤であることを私が確認したのは今から2年程前のことです。ただ、この奇妙な物体に初めて遭遇したのは、はるか昔の私が小学校4〜5年生の頃ですから、今からざっと40年ぐらい前の事になります。

 当時、私の実家が大阪府立大学の中百舌鳥キャンパス(所在地:大阪府堺市)にほど近い所にあったので、友達と連れ立ってしばしばここを訪れ、秋になるとドングリを拾って遊んでいました。その時、偶々割れた大きなドングリ(たぶんクヌギのドングリ)の中に、この奇妙な物体が入っているのを私は見つけました。
 その頃は、虫瘤の存在について全く知識がなかったので、私にはこれが何なのか判りませんでしたが、いっしょに遊んでいた昆虫好きの友達は以前にもこれと同じものを何度か目撃していたようで、この奇妙な物体が虫の卵であり、中に幼虫が入っていることを教えてくれました。
 それからは、色んなサイズのドングリ(小さいものは、関西地区でメジャーなアラカシのドングリだったと思います)を割ってみて、大小の区別なくこの奇妙な物体がドングリの中に入っていたのを今でも鮮明に覚えています。

 そんな訳で、大人になってから堅果の変形に虫瘤が関与していることが判った時に、これは既に公知の事実であろうと考え、寄生している昆虫を同定する為にネットや文献を検索してみたのですが、全くヒットしなかったので不思議でなりませんでした。でも、今回この論文を読んでみて、どうしてヒットしなかったのかその理由が漸く明らかになりました。

 幼かった私達ですら、ドングリに寄生する昆虫がいることに気づいていたぐらいですから、虫瘤の事は良く判らないまでも、現在までに数多くの方々がこの奇妙な物体を目にしてきたことは間違いないでしょう。それなのに、昆虫の専門家の方々にとっては、最近に至るまでこの虫瘤の存在が未知であったことに対して、少なからぬ違和感を覚えました。

 いずれにせよ、現在までに私が確認したタマバチ(図8-79-3参照)がアラカシのものと同じであれば、それらの名前はS. itoensis であり、それとは異なる種類であれば、未知のタマバチであることがこれではっきりしました。
 今までは、ドングリの調査の副産物としてタマバチを片手間で取り扱ってきたのですが、今後は素人ながら昆虫学の最前線にメスを入れていることを意識しながら調査を続けていきたいと思います。