雑記070. 2011.11.25
“ かわいいドングリの絵本 ”
 少し前になりますが、近所の本屋さんに私好みのかわいいドングリの絵本があることを嫁さんが教えてくれました。早速行って見てみると、確かにとってもかわいいドングリが満載だったので、その場ですぐに購入しました(図8-70-1、図8-70-2参照)。
 この絵本の作者はなかやみわさんですが、絵のタッチを見てすぐに “ そらまめくんのベッド ” や “ くれよんのくろくん ” の作者であることが判りました。ちょうど私の娘が小さい頃に、数ある絵本の中でもこの作者のものを愛読していたのをよく覚えています。

 ところで、このドングリの絵本ですが、キャラクターがかわいいのは勿論ですが、殻斗をちゃんとキャラクターの帽子として扱っているところがとてもいいですよね〜♪最近では、殻斗をズボンかオムツの様にして身に纏っているキャラクターをよく目にしますが、はっきり申し上げてこれは私の好みではありません。

 国内で出版されているドングリの図鑑では、全ての種類のドングリに対して殻斗が堅果の受け皿として描かれています。植物が根っこを基点として上に向かって成長する事から、殻斗の上に堅果を位置づけるのは植物学的には妥当な構図なのかもしれません。ただ、物体としてのドングリを表現する際に、シイやクリならいざ知らず、コナラ属のドングリに対してまでこのような形式を当てはめるのは、本当にドングリの特徴を良く表したものになっているのかどうか私には甚だ疑問です。

 そこで、ドングリの図鑑の全てがその様な形式を踏襲しているのかどうか実際に調べてみました。すると、画一的に殻斗を堅果の受け皿として描画しているのは、どうやら日本の出版物に特有のものであり、外国の出版物を見ると、少なくとも殻斗を帽子と言わしめるコナラ属のものは堅果の上に殻斗を配しており、シイ属やクリ属、マテバシイ属の様に帽子には見えないものについては、堅果の受け皿としているものが数多く見られました。
 参考までに、このホームページのリンクにある、“ Flora of North America ” と “ Flora of China ” にあるドングリのイラストは、正にこの形式で描かれています。

 ドングリを1つの物体として捉えた場合、堅果と殻斗が直感的にどのような位置関係に見えているのかということについては、小さなお子さんにドングリの絵を描いてもらえば答えは明らかです。
 去年に引き続き、今年も小学校2年生のカルチャースクールでドングリの授業を引き受けた際に、お礼として生徒さん達からお手紙を頂戴しましたが、そこに描かれていたコナラやクヌギ等のコナラ属のドングリは、例外無く殻斗が堅果の上に載っていました。やはり、先入観を持たずに純粋な視点でドングリを見たら、殻斗は帽子として描かれるのが普通なのだと私は思います。

 このHPに掲載しているドングリの写真を御覧になられて、殻斗と堅果の位置関係が逆ではないかと指摘される方がたまにいらっしゃいます。その事に関してここであらためて明言しておきますが、私は植物学者でも研究者でも無く一趣味人としてドングリと接しており、個人的に殻斗を帽子に見立てた方がドングリの本質が際立つと考えています。ですから、このHPにあるコナラ属のドングリについては、全て殻斗を上にした状態で掲載しているのです。
 とどのつまり、ドングリの殻斗の位置関係等というものは、物理や数学の法則のように普遍的な次元のものではなく、あくまで個人の嗜好、もしくは特定の集団の思想に基づいているわけですから、その是非を問うこと自体ナンセンスなのではないでしょうか。

 少し脱線してしまいましたが、話を本題に戻します。

 さて、冒頭で説明した通り、これらの絵本に登場するドングリのキャラクターが、私の好みにマッチしていたのは言うまでもありませんが、それだけが理由で購入した訳ではありません。実は、今月で私も46歳になりましたが、この歳で既に1歳半になる孫娘がいるのです。昔は下の娘といっしょにいろんな所に出掛けて行って、よくドングリ探索をしていましたが、大きくなった今では誘ってもいっしょに来てはくれなくなりました。

 そこで、新たなドングリ探検隊のメンバーとして孫娘を育成すべく、教材としてこれらの絵本を購入した次弟であります。既に、1歳になる前から、家中の廊下や部屋に点々と配備してあるドングリを自ら手にとって、十分に馴染ませる教育(?)をしてきましたので、今では遊びアイテムの一つとして、いつもドングリを持ち歩いています。来年か再来年の秋には、立派なドングリ探検隊員になってくれることを信じて、今からその時が来るのを心待ちにしています。