雑記580. 2025. 7.12
“ マテバシイで観察しました ”
図8-580-1は、シラカシの幼果です。殻斗の脇に細長い殻斗が着いていますが、この物体を私は “ 紐状殻斗 ” と呼んでいます。これは、開花したばかりの雌花が退化消滅した後、その雌花が恰も存在するかのように、それを包含するために形成された殻斗です。ただ、紐状殻斗は雌花が消滅してできたものであることは広く知られていますが、具体的にどのような雌花が消滅したものなのかは明らかになっていません。
このHPで繰り返し述べてきましたが、私は退化消滅する雌花の正体を明らかにすべく独自に調査した結果、その雌花の構造を示唆する重要な事象を見つけました。それは、ブナ科の雌花の中には一般的な複合雌蕊をもつ雌花の他に、胚珠を包含しない単一雌蕊をもつ雌花が存在するということです。
単一雌蕊は胚珠を包含しないので、一般的な複合雌蕊と同じぐらいのものから、肉眼では確認することが困難な微細なものまで、そのサイズは様々です。複合雌蕊の雌花のように視認できるものが消滅すると、それが原因で雌花序そのものがダメージを受けて枯死してしまいますが、極めて微細な単一雌蕊の雌花(おそらく雌蕊の直径が数10ミクロン程度)なら、消滅しても雌花序に与える影響はほとんどないので、退化消滅する雌花の候補としては、最も可能性が高い構造ではないかと考えています。実際、極端に微細な単一雌蕊が存在することは、アラカシやシラカシの雌花序で幾度も確認しています。
今回は、マテバシイ [ マテバシイ属 : 2年成 ] で雌花が退化消滅してから紐状殻斗が形成されるまでの過程を観察してみました(図8-580-2参照)。以前、アラカシ [ コナラ属 : 1年成 ] の単果で同様の形成過程を観察(*)しましたが、属や年成が異なっても紐状殻斗が形成される過程に顕著な差は認められませんでした。
* セクション26の2項を参照願います。
マテバシイの紐状殻斗は、同じ雌花序(**)を構成する他の幼果を包含する殻斗が成長するにつれて、それに同調して伸長し続けるわけではありません。殻斗は、それが包含する雌花が受精するまでの間は、ある程度のサイズまで成長しますが、受精に与ることができなかったものは、その時点で成長が止まります。殻斗の開口部から受精した幼果の果皮が露出する5月中旬に、受精とは無縁の紐状殻斗の成長が停止している様子が、この図からも見て取れます。
** 私はマテバシイ属の殻斗が複数の殻斗が合着して構成されたものだとは考えておりません。なぜなら、私のこれまでのフィールド調査において、マテバシイ属の殻斗が合着したものでないことを示唆する事象なら数多く目にしてきましたが、その逆は現在に至るまで皆無だからです。