雑記460. 2022. 7. 5
“ 不毛な果実 ”
ブナ科の植物の雌花は複合雌蕊が基本ですが、ごく稀に単一雌蕊のものも存在します。単一雌蕊の雌花は子房が1枚の心皮から成るので、2枚以上の心皮からなる複合雌蕊に比べて雌花(幼果)のサイズはかなり小さめです。しかも、単一雌蕊は胚珠を包含しないので、それらの中には肉眼で確認するのが難しいぐらいミクロなサイズのものも存在します(*)。
* 複合雌蕊は胚珠を包含しているので、雌蕊の直径が胚珠のサイズよりも小さくなることはありません。
冒頭で単一雌蕊の雌花はごく稀にしか存在しないと申し上げましたが、それはあくまで1つの殻斗の元になる器官に1つの雌花が咲いた単果形態の雌花序の場合であって、複数の雌花が咲いた多果形態の雌花序ではそれほど珍しくはありません。
ただ、多果形態の雌花序でも複合雌蕊がない純粋に単一雌蕊の雌花だけで構成されたものには、なかなかお目にかかれないのですが、先日山田池公園 [ 所在地 : 大阪府枚方市 ] の不定期に多果を大量に発現するシラカシで、2つとも単一雌蕊の雌花からなる2果の雌花序を見つけました(図8-460-1参照)。一方の雌花は雌蕊の先の部分(柱頭)が欠損していますが、残された花柱の形態から単一雌蕊の雌花であることは間違いありません。
7月になったので、シラカシではそろそろ受精した胚珠が成長し始める頃です。普通の単果はこのまま順調にいけば、秋には立派なドングリに成長することでしょう。一方、多果は単果に比べて結実しにくい傾向がありますが、それでも普通の多果なら、単果と同じように結実する可能性がないわけではありません。
ところが、この図にある単一雌蕊で構成された2果の幼果は、胚珠をもたないがゆえに、あと一月と経たずに枯死して、この果軸から姿を消してしまう運命にあるのです。2つの雌花の内の一つが複合雌蕊であれば、たとえ単一雌蕊の雌花が枯死しても、複合雌蕊の雌花が結実したドングリにその痕跡を残せますが、2つとも単一雌蕊の雌花ではそれらの痕跡すら残すことができないのです。1つの殻斗の元になる器官に2つも雌花を咲かせたというのに、なんて不毛な果実なんでしょう。