雑記412. 2020.11. 9
“ 縮みゆく果軸 ”
 果軸とは、ドングリを結実するために専用化された枝のことですが、その形態はブナ科の樹木が誕生した大昔に比べて徐々に短くなっているのではないでしょうか。なぜなら、コナラ属における季節外れの開花(*)で出現する花軸を見ると、通常の春に開花したものに比べて、異常なまでに長いものが多いからです。
   * セクション22を参照願います。

 図8-412-1はウバメガシで9月に開花した果軸です。これを見ると、4月に開花した普通の果軸(図8-412-2参照)に比べて極端に長く、着果数も比較にならないぐらい多いことが判ります。季節外れに開花した花軸が単に長いというだけであれば、特定の個体に出現した突発的な異常形態と見做すこともできますが、それらの果軸にはどれも現代では失われつつある多果や両性形態の幼果が数多く見られることから、これらは大昔の花序の形態を現代に再現したものである可能性が高いのではないかと私は考えています。

 これまでコナラ属の様々な樹種で、多果や両性形態の花(果実)とそれらをつける花軸(果軸)の形態の関係を調査してきた結果、それらには強い相関のあることが判ってきました。図8-412-3はその一例ですが、これはウバメガシでは大変珍しい多果を大量に発現したことがある個体(**)の果軸の様子を撮影したものです。この2枚の写真は、同じ果軸を別の角度から撮影したものですが、長さが10数mmもある果軸に、落果したものも含めると6個の果実の痕跡が認められました。
  ** 雑記368、371、372を参照願います。

 ウバメガシをよくご存知の方には敢えて説明するまでもありませんが、普通の果軸は長さが5mm前後のものがほとんどです。また、1本の果軸につく幼果の数は1〜3個が普通で、多くても4個までですから、図8-412-3の個体の果軸は、現在ではほとんど見ることができない特異な形態であることが判ります。

 さて、兵庫県の神戸市西区の緑地には、ウバメガシでは非常に珍しい多果や両性形態の花(果実)をつける個体がいくつかありますが、今回高塚山緑地 [ 所在地 : 兵庫県神戸市 ] の個体で、多果と果軸の関係を裏づけるあらたな証拠を見つけました(図8-412-4参照)。

 図8-412-4では、果軸の一部が葉に隠れて全体像がよくわかりませんので、これを採取して図8-412-5に拡大表示します。

 この果軸は4月に開花したものですが、驚いたことに長さが19mmもありました。また、着果数は4個でしたが、それら中に不稔ながら2果の痕跡が認められました。さらに、この個体からもう1つ別の果軸も見つかりました(図8-412-6参照)。こちらも長さが19mm前後で、同様に果軸の先端には2果の痕跡(成熟した2果)が残存していました。

 採集した果軸で極端に長いものは、多果の痕跡を残していたこれら2本だけでしたが、この個体に見られる他の果軸も、普通のウバメガシのものに比べて長さが倍以上ありました(図8-412-7参照)。


  季節外れに出現する果軸が大昔の形態を再現したものであるとすれば、現在普段我々が目にしているものと比較することで、時間の経過とともに短くなっていることは容易に想像がつきます。但し、時間と共に短くなっていることをより明確に示すには、その中間の長さをもつ果軸の存在と、それが大昔の形質を引き継ぐことを示す何がしかの物証が必要です。

 その証拠となる果軸を探し出すのに、現在では10mmに満たない果軸がほぼ100%を占めており、なおかつ季節外れに長い花軸を開花するウバメガシの存在は正に好都合でした。というのも、他の季節外れに開花する樹種、たとえばコナラやナラガシワの場合、春に開花した花軸(果軸)の長さに大きなバラツキがあり、とりわけ季節外れに開花する個体では、春に開花したものでも花軸の長さが70〜80mmもあるもの(季節外れに開花したものとほぼ同等)が存在するので、果軸の長さが短くなっていることを示すのに適当ではなかったからです。
 今回見つけた果軸は、現在のウバメガシの果軸に比べて明らかに長く、しかもそこにはウバメガシでは滅多にお目にかかれない古い時代の形質を表わす指標となる多果が残存していたことから、時間とともに果軸が短くなってきていることを示す1つの重要な証拠になるものと私は考えています。


(注)
  ここでは、コナラ属を例に挙げて時間の経過と共に果軸が縮小することを示しましたが、マテバシイ属やシイ属等の他の属種の果軸も全く同じであると考えています。これについては、別のセクションであらためて紹介します。