雑記315. 2018.10. 6
“ あの果軸に結実しました! ”
今年の6月、コナラの殻斗から出現した複数の幼果を着けた果軸を見つけました(*)。その後、果軸に着いた幼果は順調に成長していましたが、例年になく強い台風が繰り返し来襲したせいで、何本かあった類似の果軸は徐々に脱落していきました。そして、最後に残った1本も9月30日に来た台風24号によって枝ごと吹き飛ばされてしまいました。
ということで、残念ながらその果軸に結実したドングリを手にすることができませんでしたが、台風24号が来る1週間程前には、すでに幼果は成熟体とほぼ同じサイズにまで成長していたので、殻斗から現れた果軸でもドングリが結実することだけは確認できました(図8-315-1参照)。
* 雑記303を参照願います。
一般に、ブナ科の植物では、殻斗の元になる器官とそこに咲く雌花を合わせたものを花序としています。殻斗の元になる器官に咲く雌花の数は、国産の樹種でいうとコナラ属は1つ、ブナ属は2つ、シイ属は1つ、そしてクリ属は3つで、それらが結実するとそこに咲いた雌花の数に応じた堅果を1つの殻斗が包含したドングリが形成されます。
ところが、マテバシイ属だけは他の属種とは異なり、果軸の特定箇所に複数の花序が集結し、それらが結実すると集結した花序の数に応じた複数のドングリが合着したものが形成されると解釈されています(**)。
確かに、マテバシイ属のドングリ(マテバシイ、シリブカガシ等)は複数のドングリの殻斗が合着しているように見えますが、これらの形態はコナラ属の多果ドングリ(殻斗の元になる器官に咲いた複数個の雌花が結実したもの)にも共通して見られるものです。さらに、両者の果軸に見られる違和感のようなものも、コナラ属で多果がたくさん着いた果軸(太古のコナラ属の果軸)とマテバシイ属のものを比較すれば、完全に払拭されると思います(図8-315-2参照)。
** セクション25を参照願います。
Formanが提示した殻斗の進化系統図には、その骨子となる進化の上流域において根本的な誤りがあることを以前指摘しました(**)が、殻斗が包含する堅果が進化の過程で徐々に減数し、最終的には属種を問わず1つの殻斗が1つの堅果を包含したものに収束するという考え方に異論はありません。
私たちが現在目にしているマテバシイ属のドングリは、ドングリの進化の最終形態ではなく、あくまでその途中段階のものに過ぎないことを念頭におくと、マテバシイ属やコナラ属のドングリは見た目は違えども、基本構造や成り立ちは全く同じであり、単に前者は後者に比べて殻斗に包含される堅果の減数が十分に進んでいないだけだと考えるのが妥当ではないでしょうか。
冒頭の写真を見ても分かる通り、殻斗の元になる器官は花軸(果軸)に独立して存在するものであって、決して雌花と不可分な関係にはありません(***)。花軸の特定の箇所(殻斗の元になる器官)に複数の雌花が集結しているのは事実ですが、複数の花序(殻斗の元になる器官と雌花を合わせたもの)が集結しているという解釈は、明らかに誤りであると私は考えています。
*** セクション26を参照願います。
(追記)
図8-315-1の右側の写真の状態から半月が経過すると、この果軸の根元にあった殻斗は跡形もなく消失し、単に枝から普通の果軸が分岐したのと同じ姿になっていました(残念ながら写真はありません)。
これまでの観察結果をまとめると、殻斗の元になる器官はそこに雌花が咲いた場合は、成長して葉茎的器官である殻斗に変化しますが、そこに花軸が現れた場合は、単に葉的器官である総苞(果実を包む苞葉の集まり)に変化しています。
あくまで私の推論ですが、殻斗の元になる器官というのは葉にも茎にも変化する万能器官のようなものであって、そこに雌花が咲いた時だけ葉茎的器官である殻斗に変化しているのではないでしょうか。