雑記298. 2018. 6. 6
“ 実見は不可能? ”
 堅果を包含せず殻斗だけが成長した幼果を目にすることがあります(*)。それらは、多果ドングリの殻斗に着いた紐状殻斗(**)に酷似していることから、殻斗の元になる器官に咲いた極微な単一雌蕊の雌花が退化消滅した後、その消滅した雌花の情報を元に形成されたものであると私は考えています(図8-298-1参照)。
  * セクション26-2を参照願います。
** セクション3-1-4の4項を参照願います。
 ブナ科の雌花は複数の心皮から成る複合雌蕊が基本ですが、1枚の心皮から成る単一雌蕊も存在します。殻斗の元になる器官に1つの雌花が咲いた普通の雌花序では、単一雌蕊を目にすることは極めて稀ですが、複数の雌花が咲いた多果の雌花序なら、そんなに珍しくはありません(図8-298-2参照)。

 単一雌蕊は複合雌蕊と違って胚珠を包含しないので、複合雌蕊に比べて雌花のスケールの自由度が高く、中には肉眼で確認できないぐらい極微なものが存在します。
 これまでに採集した多果ドングリの紐状殻斗には、単一雌蕊に由来した堅果が残存しているものもありました。それらの中で最も小さな堅果は、花柱の直径が僅か100ミクロン(1ミクロン=0.1mm)しかありませんでした
(**)。おそらく、退化消滅するような雌花はこれよりもさらに小さく、花柱の直径が数10ミクロン程度ではないかと推測しています。

 極微な単一雌蕊をもつ雌花が退化消滅することは、これまで取得してきたデータからほぼ間違いないと考えられますが、実際にそのような雌花が咲いて、短時日の内に退化消滅する様子を目にしたことはありません。

 どうにかしてその様子を一目見てみたいと思い、根気よく探索を続けていますが、様々な形態の雌花序を観察すればするほど、実見の可能性が限りなくゼロに近いことを認めざるをえない状況になりつつあります。

 多くの個体で雌花序を観察していると、普通の複合雌蕊をもつ雌花の中に、殻斗の元になる器官に全体が埋没したものや、花柱の一部しか露出していないものがあることが判りました(図8-298-3〜4参照)。

 
 また、何らかの原因で雌花が脱落した殻斗の元になる器官(図8-298-5参照)を見ると、雌花が脱落してできた空洞の底が殻斗の元になる器官の底とほぼ一致することが判りました。

 雌花序の構造に関するこれらの実態を目の当たりにすると、極微な単一雌蕊の雌花が、現実に殻斗の元になる器官から露出するとは到底考えられなくなってしまいました。残念ながら、現在私が考える限り、実見は不可能と言わざるをえません。

 


 参考までに、一般的な複合雌蕊をもつ雌花序の観察結果を基に、退化消滅する極微な単一雌蕊の雌花序の構造を図8-298-6(b)に提案します。