雑記219. 2016. 7.27
“ 奇跡の一粒 ”
 先日、兵庫県神戸市の森林植物園でイヌブナの6果の幼果を見つけました(図8-219-2参照)。昨年の秋に、ブナ属に6果が存在することを予言しました(*)が、ブナやイヌブナは個体数が少ない上に、結実が不定期であることから、見つけるのはほぼ不可能だろうと思っていました。それなのに、予言から一年も経たないうちに実物に対面できるなんて、自分でもあまりの運の良さに只々驚くばかりです。
   * 雑記194を参照願います。

 昨年の秋に、ブナの3果のドングリを見つけてから、さらに高次の多果の存在を求めて、兵庫県と滋賀県を中心にブナとイヌブナの自生地を探索してきました。コナラ属の高次の多果の幼果(**)が、開花から2ヶ月以内に落下していた事実を元に、ブナ属でも同様の傾向があるものと想定し、開花から2ヶ月が経過した6月頃から調査を開始しました。

 しかしながら、ブナ、イヌブナを問わず、昨年落下したと思われる腐食したドングリも含めて、3果以上のものはそう簡単には見つかりませんでした。他の種類のドングリの樹と違って、ブナやイヌブナは山岳部に自生しているので、ここ1ヵ月半の間はほとんど毎週末のように山歩きを続けてきました。見つからなくて当たり前と思いながら、気長に探すつもりでいたのですが、その甲斐あって、ちょうど一週間前に六甲山縦断の途中に偶然立ち寄った森林植物園で、幸運にもイヌブナの6果のドングリに出会うことが出来たのです。

 ブナ属では、昨年見つけた3果から、4果と5果をすっ飛ばしていきなり6果ですから、これはもう奇跡としか言いようがありません☆
  ** セクション15を参照願います。

 当初、イヌブナの樹下でこれを見つけた時には、5果だと思ったのですが、自宅に持ち帰ってよく見ると、小さな堅果がもう1個あるのに気づきました(図8-219-3参照)。

 四隅にある4個の堅果の中で、大きなもの(図中の3番と5番)については、その外側にある殻斗が堅果の稜と接するところで2つに裂けていました。けれども、小さなもの(図中の4番と6番)については、堅果が小さ過ぎるせいか、あるいは殻斗と接する稜の隆起がほとんどないからなのか判りませんが、この部分に殻斗の裂けめは認められませんでした。

 今回見つけたイヌブナの6果の堅果の配置は、以前に私が想像した通りでした(*)。実は、コナラ属の6果(シラカシ)についても殻斗片が一体化している点や、堅果の角がとれてやや丸味を帯びている点は違うものの、堅果の配置はイヌブナの6果と酷似しています(図8-219-4参照)。おそらく、ブナ属とコナラ属の源流には、同じ形をしたドングリが存在すると考えて間違いないでしょう。

 最後に、ブナ属のドングリが誕生した時の姿を最大6果として、私なりにブナ属の進化系統図をまとめてみました(図8-219-5:下段参照)。これをまとめるに当たって、ブナ属の上流にカクミガシ属(1つの殻斗の中に3〜7個の堅果を包含するもの)が位置するFormanの進化系統図(図8-219-5:上段)(***)を参考にしました。

 図8-219-5の下段のフローについて簡単に説明すると、私が提案する進化系統図では、ブナ属の祖型を1つの堅果が3個の堅果を包含したカクミガシ属ではなく、7個の堅果を包含したドングリ(****)を仮定します。そして、中央に位置する1個の堅果が退化して、最大6個の堅果をもつブナ属が誕生し、その後長い時を経て外周にある4個の堅果が退化し、1つの殻斗が1〜2個の堅果を包含した現在の姿に変化したと考えています。

*** Formanは、ブナ科の祖型として各々の堅果を殻斗片が仕切るような構造のものを提案していますが、私はこれに賛同できません。なぜなら、コナラ属の多果ドングリに見られるように、殻斗が堅果を仕切るか否かは、殻斗の元になる器官に咲いた複数個の雌花の幾何学的配置によって決まっており、進化の流れとは無関係だと考えているからです。
**** ブナ属やコナラ属のドングリの祖型は、もしかするとカクミガシ属の7果のドングリ(現物を見たことがないので判りません)に近い形をしていたのかもしれません。私はこの形態か、あるいはこれよりも堅果数が多いもの(図中の点線で囲んだもの)が、ブナ科の祖型であると考えています。堅果数の上限を8個としているのは、これよりも多くなると、中央付近に位置する堅果の稜が殻斗の内壁と接することができなくなることや、隣接する堅果同士によって殻斗片の開放に支障をきたす等の不具合が生じるからです。