雑記128. 2013. 8. 3
“ ドングリのサイズを決める要因 ”
 一つの個体が生み出すドングリの中に、極端に大きなものや小さなものが存在するのはなぜでしょう。そういう違いを生み出す要因について真面目に答えようとすると、かなり難しいことに気づきます。今回は数ある要因の中から、私がこれまで取得したデータに基づいて明確に解答できる二つの要因を紹介します。

サイズを決める要因 その1

 極端に大きなドングリが生まれる要因として、複数の胚珠が同時に受精することが挙げられます。

 普通は複数の胚珠の内の1個だけが受精して成長しますが、ときどき2個以上の胚珠が同時に受精して、堅果の中に複数の種子が入ったドングリが誕生します(*)。図8-128-1に、シラカシの特定の個体から採集した堅果について、内部の種子が1個のものと2個のものを無作為に9個ずつ選択し、それらのサイズを比較した結果を示します。堅果のサイズについては、花柱の先端からへそまでの長さ(=高さ)と胴回りの最大直径(=幅)の二つのパラメータで表現します。

 この図を見ると、2個の種子をもつ堅果は1個のものに比べると高さは同じぐらいですが、幅が2割ぐらい大きいことが判ります。たかだか2割程度の差ですが、この図の右側に並べた堅果の実物を見ると、両者のサイズの違いは顕著です。

 このように、種子の数が1個から2個に増えることで、堅果のサイズは目に見えて大きくなりますが、さらに種子の数が増えるとどうなるのでしょうか。図8-128-2は、ウバメガシの特定の個体から採集した堅果について、内部に1〜4個の種子をもつもののサイズを比較した結果です。3個以上の種子が生まれることは滅多にありませんので、これまでに他の個体でクロスチェックしたことはありませんが、種子の数が2個以上の堅果のサイズに顕著な違いは認められません。
 * セクション6-3を参照願います。


サイズを決める要因 その2
  極端に大きなドングリや小さなドングリが生まれる要因として、ドングリの元になる雌花の雌蕊(子房)を構成する心皮の数の違いが挙げられます。

 堅果の首の先にある花柱は3〜5本あるものが普通ですが、少数ながら2本もしくは6本以上あるもの、そして極めて稀に1本のものが混在しています。しばしば1本の花柱が複数に分裂したり、複数が合着して1本の花柱になったものもありますが、基本的に花柱の数と子房を構成する心皮の数は対応しています。ですから、花柱の数が多いほど子房は多くの心皮で構成されていることを意味します
(**)

 図8-128-3は、花柱の数が異なるシラカシの幼果について、それらの外観と堅果の胴回り切断面を示しています。この図を見ると、花柱の数が増える(子房を構成する心皮の数が増える)につれて、幼果のサイズが大きくなっているのが判ります。
 但し、これらの幼果はそれぞれ異なる個体からランダムに採集したものであり、個体間での幼果の成長進度や採集時期については全く考慮していませんから、両者の関係を明確に示すデータとしては適切ではありません。
** 詳細は、セクション14を参照願います。

 そこで、より厳密なデータを取得する為に、以下の様な調査を実施しました。

 幼果のサイズは、同じ個体でもそれが着いた果軸によって微妙に異なります。ですから、1本の果軸に花柱の数が異なる複数の幼果が着いたものを6つの個体からほぼ同時期に1つずつ採取し、各々の果軸にある典型的な3本の花柱をもつ幼果のサイズを基準にして、それ以外の花柱の数をもつもののサイズを規格化しました。

 規格化というのは、基準となるものの寸法でそれ以外のものの寸法を割算することです。ですから、基準となる寸法(ここでは3本の花柱をもつ幼果の寸法)は大きさの次元をもたない1という数字で表されます。幼果のサイズを表現する際の目安となる寸法を図8-128-4のように定義します。特に、花柱の数が増えるにつれて幼果の幅は楕円形(花柱数が6本以上の場合)になるので、幅については楕円形の長径と短径の2つのパラメータで表現します。

 
 幼果のサイズと花柱の数(心皮の数)との関係を図8-128-5にまとめます。図中の数値は、採取した個体(6本の果軸)毎に6色で色分けしています。この図を見ると、心皮の数が増えるにつれて幼果の幅が大きくなるのがはっきりと判ります。但し、典型的な花柱の数(3〜5本)をもつ幼果については、サイズに顕著な差が認められません。

 前記のデータは、開花後1ヶ月半ぐらいの幼果に関するものですが、成熟したドングリについても同じ傾向があることは言うまでもありません(図8-128-6参照 : 同じ個体から採集)。


 余談になりますが、ドングリのサイズと心皮の数の関係についてデータを整理していた時に、とても重要なことに気づきました。それは、 “ 胚珠を包含する雌蕊の大きさは有限である ” ということです。これを別の言葉に置き換えると “ 胚珠を包含しない雌蕊(単一雌蕊)(***)は無限に小さくなれる ” ということです。
 単一雌蕊が無限に小さくなれるならば、肉眼では到底確認できないような極微な単一雌蕊が発現すると、その成長過程で退化消滅する可能性は十分に考えられます。なぜ、このような事にこだわるかと言うと、それには以下のような理由があります。
  
 実はこのHPのセクション3-2で、私は

広義の多果ドングリである変形ドングリ “ 変形くん” (***)は、殻斗の元になる器官に咲いた複数の雌花の内、一つを除く全てがその成長過程で退化消滅した結果誕生したものである(図8-128-7参照)

という仮説を提示しているのですが、多果の雌花が結実するまでの過程で、一部の雌花が退化消滅するなどという事象をこれまで一度も目にしたことがありません。ですから、この仮説を真実に昇華させるには、まず第一にこの事象が実在することを証明しなければならないのですが、これが一筋縄ではいかず、このままでは私の仮説は単なる仮説として自己満足で終わってしまう可能性が高かったのです。

 ということで、これまでは退化消滅する雌蕊について漠然としたイメージしかなかったのですが、ここに来て “ 極端に微細な単一雌蕊 ” というあらたな具体像が浮上してきました。今後の調査に少しばかり方向性が見出せたような気がします。
*** セクション3-2を参照願います。