雑記127. 2013. 7.21
“ 種が無い! ”
ブナ科の植物の雌花は複数の心皮からなる複合雌蕊が基本であり、教科書には3枚の心皮で構成されていると記載されています。しかしながら、3枚の心皮で構成された複合雌蕊はあくまで典型的な例であって、実際には心皮の枚数に制限は無く、4枚の心皮で構成された複合雌蕊が平均的な雌花の姿である個体も数多く存在します。
一方、私が調査したところ、雌蕊の中には1枚の心皮からなる単一雌蕊も存在します。単一雌蕊は単果形態の雌花では極めて稀にしか存在しませんが、多果形態では高頻度で発現することが明らかになっています(*)。
* ブナ科の植物の雌蕊を構成する心皮の枚数については、セクション14を参照願います。
これまで、2本以上の花柱をもつ幼果について、それらの子房の中の子室や胚珠の数と花柱の数の間に相関があることを明らかにしてきましたが、1本の花柱をもつ幼果については、検体数が極端に少ないこともあって満足のいくデータを得ることが出来ませんでした。
今回、滅多にない単一雌蕊の雌花に由来する単果と、単一雌蕊の雌花が成長した幼堅果を内包した多果の幼果を採集したので、それらの内部構造について調べた結果を報告します。
図8-127-1は、1本の花柱をもつシラカシの単果を撮影したものです。この単果に隣接すした複数の花柱をもつ幼果に比べて、花柱は明らかに1本分の太さであり、先端の黒く変色した部分が球形(花柱が複数あるものは一つ一つが杓文字形)であることから、この単果は間違いなく単一雌蕊の雌花に由来するものだと考えられます。
この幼果を胴回りで切断して実体顕微鏡で観察しましたが、内部に胚珠の存在は認められませんでした(図8-127-2参照)。
次に、単一雌蕊の雌花に由来する幼堅果を包含した4つの多果の幼果についても、単果と同様に内部構造を調べてみましたが、やはり胚珠は存在しませんでした。(図8-127-4参照)。以上の結果から、単一雌蕊の雌花に由来する1本の花柱をもつ幼果は胚珠を包含しない、即ち種無しであると考えざるを得ません。
ブナ属のドングリには、胚珠が無くても子房だけが成長して、見た目は普通の堅果と全く変わらない種無しのものがあります(**)。一方、コナラ属のドングリではそのような現象は確認されていませんので、胚珠を持たない雌花であれば、胚珠をもつ雌花が受精して大きくなり始める頃(シラカシで言えば7月中旬頃)に成長が停止するはずです。
今回見つけた単一雌蕊の雌花に由来する幼堅果を包含した多果については、採集しないでそのまま樹上に残しておいたものがいくつかあるので、それらが成長する過程をトレースすれば、本当に種無しかどうかはっきりすると思います。結果については後日あらためて報告します。
** この現象を単為結果といいます。